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Dr.本田徹のひとりごと(46)2013.7.9

みなさま
以下、7月4日に行われた、第二回 杉浦地域医療振興財団主催・地域医療振興賞授賞式での、本田の受賞挨拶です。

ケアリング・コミュニティと医療格差へのまなざし
  -21世紀のプライマリ・ヘルス・ケアの課題

 このたびは、栄えある杉浦地域医療振興財団の地域医療振興賞を授与されることとなり、たいへんありがたく、またもったいなく存じます。関係の皆さまに心より感謝申し上げますとともに、負託の大きさに身の引き締まる思いでおります。

 さて、長年にわたり、私は、内科の臨床医として、主として地域の病院を拠点に働く一方、市民社会におけるNGO/NPOの活動者として、ささやかながらボランティア的な営みを続けてきました。この「二足の草鞋」を履く上で、私を精神的に支えてきたものが、「プライマリ・ヘルス・ケア」(PHC)という考え方でした。これは、1978年にWHO(世界保健機構)が、世界の140カ国の代表とともに、旧ソ連邦で開いた会議から出された、「アルマ・アタ宣言」がもとになっています。この宣言は、すべての人にとって、健康を基本的人権とする理念に基づきながら、医療・保健活動における住民の参加や、予防及びヘルス・プロモーションを重視したアプローチを薦め、その後の世界中の医療や保健を導く重要な理念となってきました。

 ひるがえって、戦後、日本の地域医療を、プライマリ・ヘルス・ケアの立場から、しかも、この言葉が生まれる30年以上も先だって、信州の山間地域で推進してきたのが、私の恩師であり、尊敬する、故・若月俊一医師の率いる佐久総合病院でした。「医者は病院や診療所の中に閉じこもっているだけではいけない、地域社会の中に積極的に飛び込んで行って、住民と交わり、彼らから謙虚に学んでいく姿勢が必要だ」と、繰り返し、熱っぽく説いていらした、若月さんの薫陶のことばは、今も私の心に松明のように燃えています。
21世紀に入り大震災に見舞われ、急速に進行する超高齢社会のもとで、生活困窮や医療格差の問題が深刻化しているこの国にとって、プライマリ・ヘルス・ケアは一層重要な考え方になっていくと私たちは確信し、仲間とともに、地域ケア連携や調査・研究、啓発活動の輪を広げようと努力を傾けてきました。

 私たちにとって、大きな役割モデルとなってくれた方が、デビッド・ワーナー(David Werner)という人で、1960年代はじめから、メキシコの村の中で、住民と一緒に、優れたプライマリ・ヘルス・ケアの実践や、CBR(Community-based Rehabilitation)と呼ばれる、障害者リハビリテーションの運動を導いてきました。彼の活動の大きな成果の一つである、「医者のいないところで(Where There Is No doctor)」(邦訳・2009年NPO法人シェア=国際保健協力市民の会・刊)は、80以上の言語に訳され、世界中の何千万人という住民や草の根保健ワーカーの手引き書として活用されてきました。

 彼が唱えた理想の一つに、「ケアリング・コミュニティ」(Caring Community)というものがあります。地域に生きるすべての人が、障害や病気の有無、老若、性別、人種、宗教などの違いによって差別を受けることなく、お互いをいたわりあい、いつくしみあい、支え合って暮らしていくことを目標とするものです。彼が、約半世紀前、メキシコの山間部アホヤに、はじめてプライマリ・ヘルス・ケアの無料診療所を、村人と共に開いたときのことを回想した絵が、「ケアリング・コミュニティ」の姿を、如実に、しかもユーモアたっぷりに示していると思います。もちろん、この絵に描かれたような、清潔や衛生を無視した病院環境は現在の厳しい感染症対策の基準からすれば、完全に失格となります。しかし、一方では、現代の病院からは残念ながら失われてしまったかもしれない、血の通った温かさのようなものが、保たれているとも感じられるのです。

1964年ころのメキシコ・アホヤ(Ajoya)村の無料診療所

最後に、ご紹介したい言葉に、「草木国土悉皆成仏」がございます。
下手な私の毛筆ですみませんが、お示しします。

草木国土悉皆成仏

 この思想は、天台密教の教えとして始まったと、敬愛する哲学者の梅原猛さんはおっしゃっています。その学問的に厳密な意味は、しろうとの私には知る由もありませんが、生きとし生けるものに<いのち>の尊厳と霊性をみとめ、共に生きられる世の中を作ろうとした先人の知恵には、深く惹かれるものを感じます。
本日の受賞を機に、わたくしは、医師として、市民社会の奉仕者として、一層の精進を皆さまにお誓いして、結びの言葉にしたいと存じます。ほんとうにありがとうございました。

2013年7月5日

動画で受賞スピーチを見る(youtube)


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