マハーバーラタ/2-14.屈辱に屈辱がつもる

2-14.屈辱に屈辱がつもる

パーンダヴァ達の苦境を見て、立ち上がった者が一人いた。
それはなんとドゥルヨーダナの弟の一人、ヴィカルナであった。
「ドラウパディー、あなたの言い分は正しい! この場に正義など無い。きっと私達全員がこの深い罪の為に地獄に落ちるに違いない。
ビーシュマ、ドローナ、ドゥリタラーシュトラ。ここにいる正義の人と呼ばれる全ての年長者達は、ユディシュティラがあなたを賭けた時に誰も意見を言わなかった。
今でさえ、彼らは沈黙している。なぜか? ここにはドゥルヨーダナに歯向かって真実を述べる勇気を持つ者が誰一人いないということだ」
彼の勇敢な言葉に対する答えは沈黙のみであった。誰一人として口を開こうとしなかった。それを見てヴィカルナがさらに話した。
「誰も答えないのですね? それならば、私の考えを述べましょう。
ドラウパディーは賭けで失われていない。誰も彼女を奴隷と呼ぶ権利はない。そもそもユディシュティラは彼女を賭ける権利を持っていなかった。
王の道を邪魔する四つの危険があると賢者は言う。一つ目は狩り。二つ目は酒。三つめはギャンブルを愛すること。四つ目は女性に溺れること。
この四つは理性的な思考を失わせる恐れがあるものです。ユディシュティラでさえそうでした。彼にギャンブルの熱が起こった時、自分の判断に責任が持てず、愚かなことをしました。
ドラウパディーが賭けられた時、それはシャクニによって提案されたもので、彼は挑発されていました。彼はただ同意しただけです。自らの提案ではありません。
そもそもユディシュティラは彼女を賭ける権利を持っていない。なぜなら彼女はユディシュティラだけの妻ではなく、四人の弟達の妻でもあるのだから。弟達の同意を得ていない。ですから、ビーシュマの意見は正しくないのだ。
彼女は奴隷ではない。自由だ」

彼の適切な論理に皆が納得し始めた。ドラウパディーは奴隷ではないと。
しかし、ラーデーヤが立ち上がった。
「ヴィカルナよ、小賢しい意見はやめろ。
ビーシュマ、ドローナ、ドゥリタラーシュトラを始めとするここにいる賢者達全員がドラウパディーは奴隷であると確信しているのだ。
少年のような熱意と間違った騎士道でお前は自分の意見の方が賢く、正しいと思い込んでいるのだ。
もしドラウパディーが奴隷でないと言うなら、ユディシュティラの弟達が彼女を奴隷と思っていないなら、なぜ彼らは奴隷として連れてこられるのを許したのだ?
ドラウパディーがプラーティカーミーに伝言を運ばせた時、彼女にこのホールへ来るように返事したのは他でもない、ユディシュティラ自身だ。
そもそもパーンダヴァ兄弟と妻との関係にダルマなど考える必要はない!
よく聞け。一人の女を五人の男が分け合っているのを見たことがあるか? アダルマでしかないだろう!
この女を奴隷として連れてくるのは何も間違っちゃいない。お城の部屋に籠って外の世界を見たことのない、おしとやかなお姫様に見えるか? これだけ大勢の男達の前に出てくることなんて恥ずかしくもなんともないんだろうさ。どこにでもいるような女なのさ。こんな恥知らずな女を気にかけてやる必要なんてない。彼女の夫達と同じように、彼女も奴隷なのだ! そうだろう?
奴隷らしくしてもらおうじゃないか!
今こいつらが身に着けている服は不釣り合いだ。そんな服を着る権利など無い。
おい、ドゥッシャーサナ!
その兄弟の服をはぎ取れ! ドラウパディーの服もだ!
正しいご主人様、ドゥルヨーダナ王子に引き渡してやるんだ」

ラーデーヤのこの無慈悲な言葉を聞いたパーンダヴァ兄弟は衣服を脱いで積み上げ、元の場所へ戻った。
ドゥッシャーサナは激怒して抵抗するドラウパディーのサリーを強引に剥ぎ取ろうとした。
「何するの! やめなさい! 私は奴隷じゃない!! このけだもの!!」
彼女は取り乱して抵抗しながらも夫達を一人一人見た。誰一人として助けようとはせず、無駄であることを理解した。誰かこの屈辱から救ってくれる人はいないか、あちこちを見回したが、誰一人動こうとしなかった。

そして、ドラウパディーはサリーを抑えることをやめた。
「大変な危険にさらされた時、最後に助けてくれるのは神しかいないと聞きました。きっと神が私を救ってくれるでしょう」
彼女は全てを手放した。身を守ることをやめて祈り始めた。

蓮の蕾のように手の平を合わせ、目を閉じて立ち尽くした。
目からは涙が流れ、口からは神への称賛の言葉が流れ出した。
「ヴァースデーヴァ・クリシュナよ。あなたは救いようのない者達の最後の拠り所であると人は言います。あなたこそ私にとっての全てです。私に迫る危険をどうか見過ごさないでください。あなたは帰依者からの称賛が歌われる場所には、どんな場所であっても遍在していらっしゃるはずです。あなたはここに必ずいらっしゃいます。あなたに委ねます。私を救ってくれるのはあなただけです」

彼女はまるでトランス状態のように見えた。敵の言葉が全く聞こえていないようだった。ドゥッシャーサナからの屈辱に対して抵抗するそぶりも見せなかった。ただ手の平を合わせて目を閉じて立っていた。

ドゥッシャーサナはサリーを引っ張り続けた。
サリーを脱がせているのに、ドラウパディーは身を守ろうとしなかった。
周りの者達はその成り行きをただ見ていた。

奇跡が起こった。
ドゥッシャーサナは間違いなくサリーを引っ張って布を手繰り寄せていたが、引っ張っても引っ張ってもドラウパディーの体を包む布が無くなることはなかった。
引っ張った分だけ布が伸びていった。彼の後ろには引っ張って手に入れた布がどんどん積み重なっていった。どれだけ素早く手繰り寄せても、さらに布が伸びる速度が増すだけで、完全に剥ぎ取ることはできなかった。
まるで神の無限の優しさのように、まるで嘆く者の涙のように、まるで寛大な者からの贈り物のように、どこまでも布は伸び続けた。
怒りが頂点まで達したドゥッシャーサナの後ろには虹色に輝く布の山ができていた。

ドゥッシャーサナは疲れ果て、もはや布を引っ張ることができなくなった。彼の目にはドラウパディーが魔女のように映っていた。
遂に力尽き、サリーを剥ぎ取ることをあきらめ、無念の表情で座り込んだ。

観客に掛かっていた魔法を解くかのようにビーマの声が静寂を切り裂いた。
彼は両手をしっかりと握りしめて宣言した。
「我が名はビーマセーナ。全てのクシャットリヤよ、私の言葉を聞け! 今ここに誓う! 私はこの罪深きドゥッシャーサナを殺し、その血を飲むであろう! そうしない限りは決して先祖達の住む天界へは行かない。罪人達の住む地獄へ行こう。必ずやあいつの体を引き裂いて心臓を引っ張り出して血を飲んでやる!」

ドゥッシャーサナは笑った。カウラヴァ達全員が笑った。
ラーデーヤが言った。
「ドゥッシャーサナ、いつまで座っているのだ? その奴隷の女を召使いの部屋へ連れて行って新しい仕事を覚えてもらうんだ」
「奴隷ではない!!」
ドラウパディーはそう泣き叫び、年長者一人一人に訴えかけたが、誰も彼女を助けなかった。皆がドゥルヨーダナを恐れて黙り込んでいた。

ヴィドゥラだけはヴィカルナの言葉が正しく、彼女が奴隷ではないと主張し続けたが、誰も彼の意見を気に留める者はいなかった。

ドゥルヨーダナはドラウパディーに微笑みかけた。
「いい加減質問を繰り返すのはやめなさい。奴隷ではないと何度も繰り返すのはやめなさい。もう飽きるほど聞いたよ。
それはさておき、あなたの夫達の意見も聞いてみようではないか。彼らはあなたの質問に答えようとしなかったし、あなたを奴隷から解放しようとしなかった。あなたが辱めを受けている時でさえ彼らは黙って立っていた。私はユディシュティラが口を開くのを待っているんだよ。
彼に聞いてみようじゃないか。あなたは誰のものなのか。それを聞いてから今後どうするか決めようじゃないか」

あざけりの笑みを浮かべて答えを待った。
しかし、ユディシュティラは頭を下げたまま一言も話そうとしなかった。
「ドラウパディー、分かるかい? これが答えだ。あなたの主人達は黙ったままだ。奴隷は意見を言わない、そう言いたいのだろう。
あなたの質問に答えてあげよう。あなたを自由だ。
あなたはこの五人の男から解放されたのだ。もうあなたの夫ではない。
自由。そう、あなたは自由だ。自由に新たな夫を選ぶがいい。あなたは奴隷になる為に生まれたのではなく、王の妻にふさわしい。
運命に見放されたこんな男達を見限って、我々の中から新たな夫を選ぶのだ。前の夫、ユディシュティラには、あなたに対して何の権利も持っていないと自ら宣言させてやろう。そうすればあなたは自分自身で新たな夫を選べるだろう」

ドゥルヨーダナの言葉はダーツの矢のように突き刺さった。ビーマはその言葉に耐えられなかった。
「もしもこの兄を尊敬していなければ、お前らをとっくに皆殺しにしていたのに・・・。
ユディシュティラは我々にとって神以上の神なんだ。我々がドゥルヨーダナの奴隷となったと兄が言ったからその言葉を受け入れたんだ。兄の言葉は絶対なんだ。それがなければこんな屈辱、決して許すわけがない。
ドゥッシャーサナめ。我らが女王の髪を掴んで引きずってきたあいつ! 見よ、この両腕を。この力強い長い腕を。誰も、たとえインドラでさえもこの腕に羽交い絞めされたら耐えられないんだ。
この両腕は兄に対する敬意というダルマの手かせをはめられ、さらにアルジュナが止めるから身動きが取れないのだ。
そうでなければお前の体から心臓を取り出して握りつぶしてやるのに・・・」

哀れなビーマは自らを制御する為に息を吸い、胸を膨らませた。額には汗が幾筋も滴り落ちていた。そして熱い火を噴くかのごとく息を吐いた。
カウラヴァ達の命を握りつぶすのを我慢させられているこの偉大な英雄は見るに堪えなかった。

ラーデーヤが話し始めた。
「ドラウパディーよ、話を聞け。お前は奴隷だ。奴隷は何も持たない。お前の夫達も奴隷なのだから、お前に対する権利も無い。
今やドゥリタラーシュトラの息子達がお前の夫だ。王のハーレムへ行くのだ。そしてサイコロゲームで妻を賭けたりしない夫を彼らの中から選べばいい。奴隷の女は新たな主人を選ぶ権利を持つのだ」

彼の言葉がビーマの耳に突き刺さった。
兄ユディシュティラを見て言った。
「ラーデーヤの暴言を聞いたか? 彼を責めたりはしない。彼はただ奴隷の権利を述べたに過ぎない。
あなたに責任があるんだ。あなたがあれほど愚かでなかったなら、あんな暴言を言われることもなかったんだ」
まるで蛇のようなため息をつきながら、ビーマは自らの怒りを制御した。

ドゥルヨーダナがその言葉に笑みを浮かべ、ユディシュティラに話しかけた。
「お前がいるから弟達は話しにくいんだ。何も言えないんだよ。何度も聞いているだろう? 彼女の質問に答えてやれよ。彼女は自由なのか、それとも奴隷なのか?」
それでもユディシュティラは答えなかった。

権力に酔いしれたドゥルヨーダナは微笑みを浮かべた目で愛しいラーデーヤを見た。
そして顔に邪悪な笑みを浮かべながらあざけりの目をビーマに向けた。
ドゥルヨーダナはビーマの視線が自分の方に向いたのを確認してから、左の太腿をドラウパディーに見せつけた。

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