マハーバーラタ/1-10.太陽の誕生

1-10.太陽の誕生

ヴリシニ一族のシューラセーナ王にはヴァスデーヴァという息子とプリターという娘がいた。王にはクンティボージャと呼ばれる甥がいたが、子供がなかなか授からないことを気の毒に思い、愛娘プリターを預けて養女として育てさせたることにした。
プリターはとても美しく、振る舞いがとても素晴らしかった。クンティボージャにとって最も大切な宝物となり、クンティーの名が与えられた。

ある日、クンティボージャの所に聖者ドゥルヴァーサがやってきた。彼はその苦行と怒りっぽい性格で有名であった。
クンティーは義父から彼の身の回りのお世話をするよう頼まれたが、見事にそれをこなしてみせた。ドゥルヴァーサは彼女をとても気に入り、何かご褒美を授けたいと思った。
彼はクンティーを呼び、あるマントラを教えることにした。それを唱えれば、どんな神でも彼女の元にやってくるというものであった。彼女は謙虚にそのご褒美のマントラを受け取り、ドゥルヴァーサは去っていった。
まだ幼い少女であった彼女は、ドゥルヴァーサの『どんな神でも彼女の元にやってくる』という言葉の意味を理解していなかった。ただただおもちゃをもらった子供のようにはしゃいでいた。

ある日の朝のことであった。
クンティーは城の東の窓から太陽が昇ってくるのを見ていた。
東の空は黄金色に染まり、川の水は城壁にあたってぴちゃぴちゃと音を立てていた。忘れることのできない美しい光景であった。

太陽とその柔らかな光。夜明けの冷たさを持ったその光。
昇る太陽によって赤色や金色に染められた輝く光。
その光の道を映す美しいヤムナー河。
その光景は幼い子供の心を感動させ、我を忘れさせた。

太陽のあまりの美しさを見てしまった彼女は、
あの太陽が傍に来てくれたらどんなに素晴らしいだろうと思った。
その時、ドゥルヴァーサが授けてくれたマントラのことを思い出した。
『どんな神でも彼女の元にやってくる』
そうだ、太陽が来てくれるかもしれない。可憐な少女は無知の喜びの中にいた。手の平を合わせ、蓮の蕾の形を作り、教えてもらったマントラで太陽を呼んだ。

奇跡が起きた。
川の水の道に沿って太陽が駆け抜けた。
あまりの明るさにクンティーの目が眩んだ。
太陽は彼女の隣に立ち、からかうのを楽しむように笑顔で見つめていた。
クンティーはマントラが成功した喜びであどけなく笑い、興奮してパチパチと手を叩いた。
「聖者ドゥルヴァーサが、このマントラが役に立つと言ってくれたの。東から昇ってくるあなたを見ていると、その光景がとっても素晴らしくて、綺麗だったから、あなたをここへ呼びたくなってしまったの。だからマントラを唱えたのよ。そうしたらあなたがやってきたの。なんと素晴らしいことでしょう!」
太陽はまだ微笑んでいた。
「さあ、私はここにやってきました。あなたが私にさせたいことは何ですか?」
「え? 何を? 何もないけど・・・私はただ、もしあなたが私の隣にいたらどんなに素晴らしいだろうと想像しただけよ。ただそれだけなの」
「それが全てではないのですよ。聖者があなたにマントラを教えた時、あなたは彼の言葉が意味することを何も理解していなかったのですね。『どんな神でも彼女の元にやってくる』彼はそう言いませんでしたか?」
「ええ、その通りよ」
クンティーは太陽が何を言おうとしているのか分からなかった。
「分かりませんか? それは、神があなたを抱きしめて、あなたが呼び出した神と同じくらい美しい子供をあなたに授けるということを意味しているのです」
「ええーーーっ!!?? それって、、、え??? そんなの知らない!
・・・私はその言葉の意味が分かっていなかったの。どうか私の幼さをお許しください。どうかここを立ち去って、この恥ずかしい思いから救ってください。お願いです!」
「それはできません。一度でも呼び出されたなら、あなたを得るまで帰ることができないのです。あなたは私を受け入れなければなりません。よく分からずに使ったとはいえ、マントラの力から逃れることはできないのです」
「ちょっと待ってください。それはダメ、ダメです。困ります! 私は幼い少女でしょう? 私は結婚もしていません。世間はなんと言うでしょう? お義父様は何と言うでしょう? もし自分の娘が処女でなくなったことを知ったらきっと悲しみます! それでもあなたは帰ることができないのですか?」
太陽はその愛嬌のある振る舞いに引き付けられ、まだ幼い少女でしかない彼女を愛してしまった。彼は優しい言葉と微笑みで彼女を安心させた。
「ああ愛しい人よ、心配しないで。子供が生まれた後、あなたは今と同じように処女に戻ります。誰もこの出来事を知らずに済みます」
幼い少女は、彼の言葉と美しさに納得させられてしまった。彼女は結果を恐れずに彼を受け入れた。

太陽は立ち去る準備をして話した。
「あなたの息子はカヴァチャ(鎧)とクンダラ(イヤリング)と共に生まれてくるでしょう。彼は私によく似ているでしょう。気前の良さにおいて、誰も彼に匹敵する人はいないでしょう。彼は『与える者』として世界中で有名になるでしょう。たとえこの私が与えることを控えるように彼に頼んだとしても、彼は決して誰にも、そしてどんな物でも、与えることを拒んだりしないでしょう。彼はまた自尊心があり、繊細な男になるでしょう。太陽と月がそれぞれの定められた軌道を動く限り、彼の名声はこの世に残り続けるでしょう」
そう言い残して太陽は姿を消した。

しばらくしてクンティーは子供を産んだ。
あまりに幼かった彼女にはその子をどうしてよいか分からなかった。母親としての喜びを知るにはまだ若すぎた。ただただ恥ずかしく思った。

窓の外を見ると川が穏やかに流れていたが、クンティーの心にだけは嵐が吹き荒れていた。
彼女は意を決して1枚のシルクにその子を包み、木の箱に入れて川岸に向かった。水面にその箱を浮かべてそっと手を放し、部屋に戻った。

力強く流れる川の真ん中に浮かぶ、救いようのないかわいそうな子への、言葉にならない切ない思いと激しい痛みで息が詰まるのを感じた。
涙が彼女の目から流れ落ちた。太陽に懇願するように手を持ち上げ、泣き叫んだ。
「ああ神様、私はあなたとの間に生まれた美しい子に、大きな不正をしてしまいました。どうか、彼をお守りください。どうか彼にどんな悪も降りかかりませんように」
 彼女は目の前から消えていく子に語りかけた。
「あなたの進む道は幸先の良いものになるでしょう。水の神があなたを守るでしょう。あなたは死にません。天界の全ての神々があなたを守るでしょう。遠い将来、いつか私はあなたに遭うでしょう。あなたの持つカヴァチャとクンダラによって、私にはあなたが分かるでしょう。
あなたを見つけ、自分の息子のように育てる人はとても幸運な女性のはずです。その人はあなたが大人になるまでの成長を見届けることができる幸せな女性となるでしょう。でも私は全ての女性の中で最も不幸です。私は決してあなたを息子として得ることはできないでしょう。
神があなたを祝福します。私の子、私の最初の子よ」
 あどけなく笑っていた少女は、突然女性になってしまった。心配事のない幸せな少女時代は過ぎ去ってしまった。寝ても覚めても、彼女はたった一つのことを思っていた。木の箱と、一切れのシルク。朝の太陽の光の中で輝く、シルクに包まれたカヴァチャとクンダラを身に着けた美しい子を。

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