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中国知財 判例解説 最高人民法院による知的財産案件年度報告(2020) No.23 薬学上許容される塩の進歩性

本Noteでは中国知財の興味深い判例を解説していますが、今回は化学分野の1件をご紹介します。2021年に最高人民法院から発表された「知的財産案件年度報告(2020)概要」のNo23 として、国家知識産権局vs第一三共株式会社、宇部興産株式会社、一審第三者華夏生生大薬房(北京)有限公司発明専利権無効行政紛争案を取り上げます。

本事件では、日本の第一三共と宇部興産が保有する特許について、中国企業が無効審判を提起し、その後上訴が繰り返されて最高人民法院まで争われました。第一三共は数年前のマーカッシュクレームを巡る事件でも最高裁まで争っており、中国知財ウォッチャーとして、とても尊敬しています。

さて、本事件(最高法行再60号)では、下記に示すように、「ある化合物と、その薬学上許容される塩」が引例に開示されていた状況で、「ある化合物の酸付加塩(塩酸塩、マレイン酸塩)」が進歩性を有するかどうかが争われました。

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一審法院(北京市第一中級人民法院)では、以下のように判断されました。

 証拠にプラスグレルの薬学的に許容される塩という大きな範囲が開示されている前提において、当業者は各一般的な塩の薬学性能を考察することにより請求項1を得る動機付けがある。
本専利の明細書には酸付加塩が優れた保存安定性を有することが記載されているがデータでサポートされていない。

ところが、二審(北京市高級人民法院)では、以下のように判断されました。

当業者は通常の認知に基づいて、プラスグレル及びその薬学上許容される塩が基本的に同一の技術効果を有することを予測することができるので、本特許明細書は、本専利が限定するプラスグレル塩酸塩、マレイン酸塩と、プラスグレルのフリー体の效果の対比を行うことにより、本専利が技術上の進歩を説明しており、本専利技術案と最も近い従来技術と対比するという方法に適合する。専利復審委員会は、本専利プラスグレル薬学上許容される塩の技術効果と対比を行うことによりその進歩性を確定すべきと認定したことは、不当ではないが、復審委員会はプラスグレルと、プラスグレルの薬学上許容される塩の技術効果を区別しており、事実根拠を欠き、当業者の通常の認知に違反する。

 ポイントは、高級人民法院では、「当業者は『化合物とその薬学上許容される塩』は基本的に同一の技術効果を有することを予測することができる」としているところです。二審は、このロジックに基づいて、復審委員会が本専利の予測できない技術効果について審理を行っていないため、審理をやり直すことを命じました。

この判断を不服とした国家知識産権局は再審を請求し、最高人民法院は以下の判断をしました。

証拠にプラスグレルの薬学的に許容される塩が開示されている前提において、様々な一般的な塩の薬学的性質を考察して請求項1の技術案を得ることは、当業者が本分野で普遍的に存在する動機づけに基づき行う通常の選択である。

つまり、高級人民法院では、「薬学上許容される塩は基本的に同じ技術効果が得られるであろうから、その従来技術(本案では、試験例に示されたフリー体)に対して、良い試験結果が示されているのであれば、それに基づいて『予測できない技術効果』があるかどうか検討しましょう」としているのに対し、最高人民法院は、「薬学上許容される塩であっても状態が異なれば効果が異なるので、当業者は薬学的性質を考察するものだ。これは通常の選択だ。」と判断しているわけです。

その他、最高人民法院は、「従来の証拠からは、技術効果が基本的に一致することを証明することはできない」、「本専利においてフリー体を選択してを対比を行う充分な理由が提供されていない」など本件特有の事情の有無を検討したうえで、二審の判断を取消し、一審を維持する判決を下しました。

まとめると、中国では「ある化合物及びその薬学上許容される塩」が一般的に開示されている場合、その塩を限定する発明は、一般的に、進歩性を有しないと判断される、ということになると思います。


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