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M&AのDDを構造的に理解する②


前回、DDと株式譲渡契約書のつながりについて書きましたが、今回はDDにおいて判明したリスクをどう扱っていくのかについて書いていきたいと思います。

たとえば労務DDの結果「未払い残業代が存在している」という事が判明したとします。この場合の対応方法は以下のような選択肢が考えられます。

①特に手当はしない:

勤怠情報を調査したら未払い残業代が理論上は存在することが判明したとしても、リスクが顕在化する可能性が低そうな場合には特に対策を取らないことも考えられます。例えば、賃金債権がもうすぐ消滅時効を迎える場合や、労使関係が非常に良好で従業員が請求する可能性が極めて低そうな場合などでしょうか。もちろんリスクヘッジの観点では手当するに越したことはないわけですが、顕在化した場合の影響額や、対象会社との関係性・ディールのスピード感といったものを総合的に勘案した場合には、イチイチ細かなリスクを拾い上げて手当していくことが適切でない場合もあります。この辺りのジャッジメントは、M&A実務の醍醐味というか腕の見せ所ではないかと思います。

②譲渡契約の補償条項で手当する:

明らかに影響額が大きい場合などは、看過するわけにはいきません。そうなると、譲渡契約の補償条項で担保することが考えられます。対象会社としては盛り込みたくはないので交渉次第にはなりますが、最も確実にリスクヘッジすることが出来ますので比較的スタンダードな対応になると思います。一方で、この場合2点考えておかないといけない事があります。1点目は「補償期限」です。当然ながら譲渡契約の補償条項は永遠に担保されるわけではなく、一般的には買収後1~2年程度ですので、それ以降に未払い残業代が顕在化した場合には手当出来ない事になります。2点目は「売り手の補償能力」です。補償条項に入れておきたいという事は、当然ながらそれなりに影響額が大きいからそうするわけですが、売り手が個人株主だったり資力の乏しい会社だった場合には、実際に補償出来ないという事態が起こります。要は「無い袖は振れない」状態です。特に2点目は見逃されがちな論点で、「補償条項に入れてあるから安心だ」と形式だけで手当したつもりにならないように留意が必要です。

③譲渡対価に反映させる:

前述のように譲渡契約の補償条項に盛り込んでもリスク担保としては若干の不安が残ります。それを払拭しておきたいのであれば、譲渡対価に顕在化した場合の影響額を盛り込むしかありません。と書いておいてなんですが、この対策は現実的には相当なハードネゴになることは間違いありません。売り手としては「顕在化するかどうかもわからないリスクを価格に反映させるなんて呑めるか」となりますよね。ですので、このアプロ―チはよほど買い手側が有利な状況である場合や、DDの結果リスクの顕在可能性が相当に高いことが判明している場合など限られた局面でしか使えないだろうとは思います。未払い残業代を例に取ると、DDにおいて従業員ヒアリングをした結果、従業員がすでにそれを認識しており不当であることを主張している場合などがあり得るかもしれません。難易度の高い交渉になるにしても、譲渡価格に反映することが出来れば将来リスクは金銭的に手当てが出来るわけですので、買い手にとって有効な手段であることは間違いありません。交渉としては、例えば影響額全額は難しいなら「影響額の〇%は負担してほしい(=譲渡価格に反映してほしい)」といった交渉もあり得るかもしれませんので、最初から諦めずに冷静に検討するべきだと思います。

このように、DDで発見されたリスクについて最終的にどのように手当てをしていくかを意識してDDを進めることが出来ると、整理がしやすくなるのではないかと思います。M&A実務においては、このようなシンプルな構造ではなく複雑な事が多いのですが、あえてわかりやすさを重視して書いてみましたので、その点はご理解頂けると幸いです。

次回は、DDの具体的なパターンとその使い分けについて体系的に考察してみたいと思います。

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