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M&AのDDを構造的に理解する③ ~依頼資料編~

前回までは、M&AにおけるDDとそこで検出したリスクをどのように手当てするかについて書いてきました。今回からは少し視点を変えて、やや実務本っぽい内容になりますがDDの手法と各手法の扱い方についてまとめてみたいと思います。

DDをスタートする前には、初動対応として「依頼資料リスト」を作成することになります。財務DDであれば過去3年分の税務申告書や、月次残高推移表や資金繰り表などになりますが、この依頼資料リストの作り方にも工夫が必要になります。基本的に入手したい資料はどんなディールであっても大きくは変わらないのですが、ポイントは「どこまで厳密に資料を求めるべきか」という点です。もちろん最初から相手のことを過度に慮る必要はありませんので、要求できるものは全て依頼するというスタンスもあり得ますが、一般的に対象会社自体がこうしたDDに慣れているケースは少なく、最初からあまりに膨大な資料を要求すると全体的に資料の提供が遅くなってくる事がよくあります。また対象会社の規模感によっても対応レベルが違ってきますので、バックオフィスが数人しかいないような体制である場合などは、初期的な依頼資料は必要最低限にしておき、調査中に第2弾・第3弾の追加資料として依頼していくようなテクニックが有効な場合もあります。

現場での実務でよく「あるものから提供頂ければ結構ですので」という言葉を聞くことがありますが、依頼される側からすると、「そうはいってもこれだけのものを準備しなければならないしあまり五月雨式に提供してもどれを提供してどれを提供していないかわからなくなってしまうかも…」と及び腰になるケースもあります。特にM&Aの現場においては、「初動の時点で相手にいかに良い印象を持ってもらえるか」はかなり重要です。ここで協力的な関係を築けると結果的にディール全体がうまくいくことが多いと思います。

具体的には、対象会社の規模感や事業内容など色々な要素が絡んできますので、『こういう時はこのくらいの依頼内容が良い』とはなかなか言い難いところはありますが、ポイントをいくつか挙げるとすると以下のようなものがあります。

①恐らく作ってないだろうと想像される資料は初期には依頼しない:

規模の小さな会社だと、年度予算は作成していても、3か年計画を作成しているケースは少ないでしょう。また上場会社でもないのに事業報告書や計算書類等を求めるのも現実的ではないでしょう。資金繰り表も進行期のものは作っていることはあるでしょうが、向こう3か月とか半年の資金管理をローリングしている会社も多くあります(半年以上先の資金計画に蓋然性がないので作らない)。とりあえず依頼しておこうと割り切るのもアリですが、無さそうな資料の有無は後の経営者ヒアリングで聞くこともできますのでここで無理強いをする必要はないと思います。

②物量がありそうな資料群は依頼するよりオンサイトで見た方が効率的:

例えば契約書などがこれに該当することが多いですが、稀に依頼資料に「重要な契約書」と書いてあることがあります。契約書の重要性を相手に委ねること自体はNGとは思いませんが、慣れていない対象会社にとっては「重要な契約ってなんだろう?どこまでが重要なんだろう?」と足踏みすることも少なくありません。契約書を確認する場合には、売上高TOP10の企業一覧と仕入高TOP10の企業一覧をまず入手し、重要な契約に当たりをつけて再度依頼する場合などもありますが、双方の手間を考えると、契約書は対象会社に出向いてオンサイトで確認する方が効率的です。現地で契約書のファイルを見ながら重要な契約には付箋をつけてまとめて印刷するなりPDFファイルにしてもらうなりした方が結果的に取りこぼしもなく、有効なDDになることが多いと言えます。

他方で、物量がありそうな資料群でも勤怠データなど定量的な資料はデジタルデータでもらう方が加工がしやすいので、極力データでもらいたいものです。「データ形式で」と依頼資料に書いていても、PDFファイルで送られてきてデータ集計が出来ないといった事態もありますので、「csv1もしくはエクセルファイルで」と具体的に指定した方がお互いに手間にならないと思います。

③年度発生資料を「過去3年分」とするか「過去5年分」とするか

これはケースバイケースですが、社歴がそこまで長くない会社で事業内容が変わらない会社であれば3年分で充分かと思います。結果的に「3年分の資料を調査したら非連続な情報があってもう少し過去に遡って検証したい」という場合もあったりはしますが、それは事後的に依頼すればよく、個人的には過去3年分がスタンダードではないかと思っています。税務申告書のように必ず毎年作成している資料であれば3年分も5年分も大差ありませんが、依頼される側からすると「5年も前の資料が必要なのか」と心理的ハードルを上げることにもなりかねないので不必要に依頼する必要はないのではと思います。

DDの依頼資料について長々と書いてしまいましたが、もちろん正解はありませんのであくまでも私見に過ぎません。ただ、初動対応が今後のディールの成否を握っていると思って対応することは重要ではないかと思っています。

意外とロングランの記事になってきていて自分でも驚いていますが、できるだけ実務的な感触を交えて書いていきたいと思います^^

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