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M&AのDDを構造的に理解する⑤ ~経営者ヒアリング編~

前回は、「資料調査」「ヒアリング」「質問状」といった具体的な手法について考察しました。DDの過程は通常時間的な制約がつきまとうものですから、「本当は資料をもってちゃんと事実確認したい」という気持ちと、「時間がないので資料を入手するよりもヒアリングで事実確認して手間を省きたい」という両方の想いが交錯するものです。後者は極端には、YES or NO方式で回答してもらって言質を取るような対応もあり得ます。今回は、そんな中でも個人的には最もスキルが必要で、DD対応の真価が問われると思っている「経営者ヒアリング」について考察してみたいと思います。

当然ですが、「資料調査」はDDにおけるベースになるものなので、資料分析能力を磨くことや、経験値を上げていくことはとても重要です。一方で、「経営者ヒアリング」は相手が資料ではなく人間ですので、理解力・想像力・多方面の知識・集中力・コミュニケーション力など非常に多岐に渡る能力を試されることになります(だから面白いとも言えるのですが^^)。では「経営者ヒアリング」において重要な要素が何なのか?についてもう少し解像度を上げて考察してみたいと思います。

①対象会社の事業特性を理解していること:

対象会社の事業やサービスについて外部からわかる情報は理解し、それを前提として経営者ヒアリングに臨むことは必要ですが、さらに踏み込んで、「事業が成長するためにどんなコストを投下するとどう売上に影響するか?」「コスト構造的にこういう特性を持っているから、こういう施策があると限界利益をこういう風に変化させることができるのでは?」という仮説を持ってヒアリングに臨むことで、経営者側に「わかってくれてるんだね」という信頼感を与えることが出来、その結果、ヒアリング内容のレベルが格段に向上すると思います。特定の勘定科目の変動がキーになったりすることもありますのでそういった視点も必要です。経営者も人間ですので、「コイツわかってるな」と思うと気持ちが入ってきますし、やはり経営者の方はご自分の会社に並々ならぬ愛着がありますので、自分の会社のことをちゃんと理解してほしいとどこかで思っているものだと経験上いつも思います。その関係性を経営者と作るために一番重要なことがこの「事業特性を理解していること」なのではないかと感じます。事業特性を理解していることそのものも重要ですが、それを通じて対象会社の経営者と関係構築することが大事だということでしょうか。

②対象会社のリスクファクターを捉えていること:

財務データ、取引先情報、仕入れ環境や組織体制などを事前に一通り目を通せたら自分なりにフレームワークを使うなりして対象会社の特徴をあぶり出してみることも有効なアプローチです。SWOT分析であれば、カチッと網羅的にやれなくとも、「強み・弱みと機会・脅威をそれぞれ最も重要なものを挙げるとしたら何になるか?」といった整理をしてみると、『営業が完全にトップセールスのようだから社長が不在になったら営業力がほぼ無くなるのでは?』とか『売上の半分をA社が占めているので、その契約を維持できるか次第で業績に大きく影響がありそうだ』とか『このサービスの大口顧客が年々減ってきているのは競合に取引を取られているのではないか』といった仮説が浮かんできます(ちょっと営業マターに寄り過ぎた事例になってしまいましたが…)。こうした重要な仮説を経営者ヒアリングでぶつけると、資料だけでは見えない事実を教えてくれることがありますので非常に有効です。さらに言うと、DDにおいてはリスクサイドを正確に把握していく事の方が重要ですので、その仮説リスクが正しいのかどうかを検証することが重要とも言えます(「強み」や「機会」についてもヒアリングしますが、そこを深堀するのは事業シナジーを検討するフェーズになりますので、それについては別の機会があると考えて良いと思います)。

③ヒアリングをポジティブに終えること:

こう書くと「はあ?」と思われそうですが、個人的には常に意識していることです。ヒアリング中には、少々聞きにくいことも突っ込んで確認していく必要がありますので、相手も快く思わないこともあります。そこは冷静に客観的に躊躇せずに確認していく必要がありますが、だからといってあえてヒール(悪役)に徹する必要は無いと思います。ちょっとしたことかもしれませんが、事業リスクなどのネガティブな質問をする際には「今からちょっと聞きにくい話をしますが…」と前置きしたり、話してくれている時に頷きやジェスチャーを交えてそれが自分にとって大切な話であることを相手に伝えたり、「こうリスクがあるという話でしたが、ということは裏を返せばこれがこうなればチャンスになり得るということですか?」とリスクの表裏をちゃんとメッセージングしたり、ちょっとしたことでもポジティブに反応することで、「経営者ヒアリング」自体をポジティブに終えることが出来ると思います。M&Aのディールはコンペティターが存在していない事も多いですし、経営者=売り手株主ではないケースもありますので、「経営者と信頼関係を構築する事がDDにおいて本当に重要だろうか?」と疑問に思うこともあるかもしれませんが、少なくともPMI(post merger integration)を視野に入れた場合には、この時点で関係性をきちんと維持しておくことは有効だと思いますし、何よりも相手も人間な訳ですから印象の良い相手には好意的に対応してくれますよね。

やや私見も混ざってしまいましたが、経営者ヒアリングは非常に重要なイベントですので、自分なりに経験してきたことが少しでも役に立つようなら幸いです。


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