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源頼朝の息子が創建 横浜市南区 高野山真言宗・南龍山無量寺 私の百寺巡礼73

源頼朝の息子が創建したお寺。と聞くと、
「政子の子供???」
と思う人がいるかもしれない。
源頼朝の側室、大進局の生んだ子、源貞暁が創建したのだ。


密室殺人ではこの人!という、ジョン・ディクスン・カーの足跡が付いていないトリックを想い出し、足跡が付かないように歩く。

失礼ながら、横浜市南区蒔田と言えば、今や、「大山ねずの命」という、おかしな新興宗教がかなりの土地を買い占め、幅を利かせている。それは、まるで、奈良県天理市における天理教のようだ。
私は、こういった熱狂的な宗教が怖い。
そんな中にあって、鎌倉時代に創建された、こんな落ち着いた自然豊かな寺院があったことに感激を覚えたのだった。


文治2年2月26日1186年3月18日) - 寛喜3年2月22日1231年3月27日)) は平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての僧侶源頼朝の三男で第4子(庶子)。母は伊達氏の祖と言われる常陸入道念西の娘・大進局。異母兄頼家の4歳年下、異母弟実朝より6歳年長になる。また、頼朝の次女三幡とは同い年の異母兄妹(もしくは異母姉弟)である。通称を鎌倉法印といった。母・大進局は大倉御所に出仕する侍女であったが、頼朝の寵愛を受け懐妊する。しかし頼朝の正室・北条政子がこれに気づいたため、その怒りを畏れた頼朝によって遠ざけられ、家臣の長門景遠の宅にて男児を出産する。政子の嫉妬を恐れて出産の儀式は省略され、景遠は母子を匿った事を知った政子の勘気を蒙り、子を連れて逃げ深沢の辺りに隠居した。その後も政子を恐れて乳母のなり手がないなど、人目を憚るようにして育てられる。異母弟の実朝が生まれる3ヶ月前の建久3年(1192年)5月19日、7歳の時に仁和寺の法眼隆暁(一条能保の養子)に弟子入りして出家するため上洛する。頼朝は出発の夜、密かに息子の元を訪れ、太刀を与えている。

同年6月16日、頼朝の義弟一条能保に付き添われて仁和寺の勝宝院に入室した。法名を能寛と名乗り、更に修行を重ねた後、法名を貞暁と改め、高野山に登ってより一層俗界から遠ざかった。これ以降、源氏一族が権力闘争の中で次々に命を落とす中で、世間と隔絶した中で一人修行に励み、人々の尊崇を集めた。

なお、異母弟源実朝を暗殺した甥の公暁の師は、貞暁ではなく、鶴岡八幡宮寺の3代目の別当定暁と考えられる。

その晩年には遂に政子も貞暁に帰依し、彼に源氏一族の菩提を弔わせるべく援助・出資を行なった。これを受けて貞暁は、高野山の経智坊に丈六堂という阿弥陀堂を建立、この中に安置した阿弥陀如来座像の胎内に父・頼朝の遺髪を納めて供養したほか、異母弟である3代将軍実朝に対しても五輪塔を設営して追善を行なっている。

寛喜3年(1231年)、高野山にて46歳で死去(自害したという説もある)。これにより、頼朝の男系男子の子孫は断絶した(男系女子も3年後の竹御所死去により途絶え、頼朝の直系子孫は完全に断絶、同時に政子の血筋も途絶えた)。


承元3年、貞暁上人の創建によるもので霊像不動明王が祀られている。貞暁は源頼朝の子として鎌倉にうまれたが、故あって幼少より仏門に入り、紀伊の国高野山で修行に専念した。
頼朝の死後、幕府は政権の安定を欠いたが、幕府創業の功臣執権北条時政は貞暁を将軍職として鎌倉に招聘した。貞暁は途上、蒔田の宿場に着いたが、その夜、持仏である不動明王が夢枕に立ち、「汝鎌倉に入るとも、世は既に北条の天下である。旬日のうちに運命の厄に遭わん。宜しくこの難を避け、菩提の道を得られよ」とのお告げを受けた。貞暁は深く時局を洞察して、入府を断念し、時政に告げた。時政は上人の清い信心を讃え、鎌倉法印の称号と禄を以て遇した。この奇縁によって、蒔田の山麓に御堂を建て不動明王を本尊として安置し、南龍山不動院無量寺と号し、貞暁は当山の開祖となった。以来、鎌倉鎮護寺として発展したが、寛永11年の火災で什宝を焼失し、近くは大正12年の関東大震災で堂宇を烏有に帰するなど興廃変遷した。昭和8年十法壇縁の協力を得て、桃山式堂宇の造営を見るに至った。前大戦中の昭和20年5月の横浜大空襲で炎滅するところ、近隣者の救援によって消失を免れた。本尊不動明王は平安末期の代表的な仏像で「鉄縛り不動」(かなしばりふどう)として親しまれている。


対応してくださった女性が、色々と親切に歴史を教えてくださった。
源頼朝の側室の子が創建したこと。高野山で修行したから、高野山真言宗の寺院であること。
「鉄縛り」と書いて、「かなしばり」と読むのだが、それは寝ている時の金縛りではなく、泥棒が入った時に、その泥棒が動けなくなった、という事からの金縛りなのだそうだ。

良いお寺に出逢えて感謝であった。

高野山真言宗・南龍山不動院無量寺
横浜市南区蒔田町174
横浜市営地下鉄蒔田駅より徒歩2分

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