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戦国時代の歴史と共にある寺院 鎌倉市寺分 臨済宗円覚寺派霊照山大慶寺 私の百寺巡礼268

裏鎌倉。休日でも人はいないし、見所多い!こちらの大慶寺は山門の茅葺屋根が目を惹く。

大慶寺は鎌倉市にある臨済宗円覚寺派の寺で霊照山(現在は霊松山)と号します。創建は弘安年間(1278~1287年)と伝えられていて、ご本尊は釈迦如来像で鎌倉市文化財に指定されています。境内には樹齢700年と伝わる柏慎(びゃくしん)2本(市天然記念物)、宝篋印塔2墓(市有形文化財)があります。 大慶寺の歴史は古く、室町時代、幕府による禅宗保護の一環で至徳元年(1386年)二階堂の瑞泉寺と共に関東十刹に列せられました。当時は5つもの塔頭や薬師堂、地蔵堂があり深沢周辺(現在の深沢中学校の辺り)に広大な寺域を持っていました。大慶寺周辺一帯は「寺分」という地名ですが、これはもともと大慶寺の寺域に由来しています。 大きな寺院だった大慶寺ですが、永生9年(1512年)北条早雲の鎌倉攻めにより焼失しました。奇跡的に焼け残ったご本尊は上杉謙信の鎌倉攻めの噂を聞き円覚寺に預けるものの数年後、永禄6年(1563年)に円覚寺焼失により完全に焼失しました。 大慶寺の当時の遺物としては、大慶寺の山門の柱が円覚寺国宝の洪鐘の柱として今でも残っています。 先代住職は東大の名誉教授を務められた方で、華厳経の第一人者としてNHKチャンネルのやさしい仏教を説いた番組にも出演され、評判を呼びました。

先代住職は東大の名誉教授でもあった「鎌田茂雄」さんで、華厳経では第一人者でNHK3チャンネルのやさしい仏教を説いた番組にもでられ、評判を呼びました。


ち、ちょっと、かなり有名な方やないですか。

多分、鎌倉観光♪みたいな感覚で来られる方は、裏鎌倉の湘南深沢なんぞの小さな寺は知らないだろうな。


北条の家紋

臨済宗の寺院の魅力は何と言っても庭の素晴らしさだ。ここでもゆっくりと味わう事が出来た。
ベンチがあるのがわかるだろうか?
気候の穏やかな日は、ここに座り、のんびりもよい。
この日は、熱中症が怖くてそんな事を言っておられず。

鎌倉という場所は、土地は狭く、海からすぐに山があるようなそんな場所だ。だからこそ頼朝はこの地を選んだのだろう。

円覚寺や他の幾つもの寺院神社で、山を切り崩した墓所や祠を見ている。
ここもそのようなものではないかと思うのだ。

室町時代から江戸時代に移るまでは相当な戦乱の歴史だったのだ。それを思わせるひと時であった。

炎天や 戦国想う 禅寺よ

臨済宗円覚寺派霊照山大慶寺
神奈川県鎌倉市寺分1丁目5−8
湘南モノレール・湘南深沢駅より徒歩5分


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