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秩父橋の上の観音堂と花々 秩父札所20番 臨済宗南禅寺派法王山岩之上堂 私の百寺巡礼241


西武秩父駅から小鹿野町に向かうバス路線沿いに入口がある。
ここ、岩之上堂。行く前から不思議だなと思っていたのが、〇〇寺という呼称ではないことだ。

岩之上堂は、その名のとおり荒川河岸の崖上にある。「観音堂」は三間四面方形造りで流れ向拝を付けている。本尊の「聖観世音菩薩」は、平安時代の作と伝えられ、優美で穏やかな姿をしている。現在の観音堂は江戸中期の造営と思われるが、元禄年間に内陣の補修、宝永年間に彫刻の補修を経てきたもので、唐模様系統の建築で優美な造りである。昔、川向こうに住む母の安否を尋ねて増水した荒川を渡ろうとした孝行息子を、この岩之上堂の聖観音が童子に化身して舟を漕ぎ渡してくれたといわれている。観音堂の周囲は春のコブシやサクラ、初夏のツツジ、秋には紅葉など、さまざまな季節の花が彩る。


観音堂を包み込む芍薬とツツジが見事だ。

昔は、願成寺といわれ大きな本堂の寺であったが、永禄の兵乱により焼かれ、本尊は仮堂に安置された。その後、内田家の祖先が建造した。現在も内田家個人所有の観音堂である。堂内には、本尊「聖観世音菩薩」が安置されている。

近くに、国の文化財ともなっている内田家住宅があるのだが、この内田家であろうか?
昔からの名主でもあり、蒔田あたりは内田農園など、内田という名字は多い。


こちらも現在は、檀家さんを持った住職一家が住むと言ったお寺ではなく、昔の観音堂を札所にしている。そんな所なのだ。
一番最初に西武秩父駅から近い13番に行ってしまったからの衝撃?か!
あそこは、住職一家が暮らし、よーーーく人に慣れた猫もおり、幼稚園もあり、一部の人は篠原住職ではなく園長先生!と呼んでいたのだ。


敷地内には熊野神社がある。明治政府の神仏分離令もなんのその!お堂と神社と離れへんでえーー!という所は田舎に行くといくらでもあるのだ。
私は、こういう場所が好きだ。


ちなみに、秩父橋はこちら。の案内に従ったら、行き止まり。
秋に来たら、栗拾いしたるううう。という場所であった。

岩上に 聖観音覆う 芍薬よ

臨済宗南禅寺派法王山岩之上堂
埼玉県秩父市寺尾2169
西武秩父駅から小鹿野車庫・栗尾行き「札所二十番入り口」で下車。徒歩5分。


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