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灸をする(2)

積聚会名誉会長 小林詔司

『積聚会通信』No.7 1998年7月号 掲載

灸刺激は色々な要素から成り立っているが、まず艾についてみてみよう。

艾は線香とともに昔は日本のどの家庭にもあって、いわば常備薬のようなものだった。しかし最近では本当に人の目に触れなくなり、艾を見てもそれが何だか分からないという人が結構いるような時代になった。ましてやそれがヨモギから作られるもので、植物であり、ヨモギそのものであるなどとは想像もつかないことである。

またこれは漢方薬でもあり、艾葉として下痢や下血(女性の不正出血など)を止めるのに使われる(例:芎帰膠艾湯)。

『養生訓』の時代にはヨモギを採ってきて艾を各家庭で作ったようだ。
それによると三月三日もしくは五月五日に採るヨモギがあまり成長しておらず柔らかくて最良であるとし(三月三日のものが最良)、「光沢のある葉を選んで、 一葉ずつ摘みとって、ひろい器に入れ、一日中、天日に干してのち、ひろく浅い器に入れ、ひろげてかげ干しにする。数日後、よく乾いたとき、また少し日に干して早くとり入れ、暖かいうちに臼でよくついて、葉が小さくくだけて屑になったものを。篩でふるって捨て、白くなったものを壺か箱かに入れ、あるいは袋に入れて保存し用いるがよい。」としている。またヨモギの鑑別は「土地がよく、葉に光沢のあるもの」であれば何処でもよいと書いてある。

また当時のヨモギの名産地は近江の胆吹山(伊吹山)、下野の標茅ガ原(栃木県)であったという。

以上の外に艾に関連する内容には、その種類とそれらが持つ性質、その古さ、乾燥度、それに付随する火力の強さなどがある。
艾の種類は簡単に言えば粗いものから細かいものまで業者によっていろいろな等級のものが作られているが、この等級は単に製品の善し悪しの事ではなく、それぞれ用途が違うものである。

一般に目の粗いものは火持ちがよくなかなか消えないもので、それだけ燃焼温度が高く、普通、温灸や知熱灸あるいは灸頭鍼などに使われる。

透熱灸には燃焼速度が速く温和な熱感のある目の細かいものが使われるが、これは皮膚を焼くには肌に強い刺激が好まれないからである。

しかし強い熱刺激を必要とする焼灼灸などには、むしろ目の粗い艾を使用することがある。たとえば魚の目を焼く場合、良質のものでは埒が明かないもので、粗艾を使えば目の芯を削らなくても十分に熱が透り一層効果的である。

臨床家はこのように最低2種類の艾を使い分けているはずである。

ー般に艾は古いほどよいとか、乾燥している程よいといわれるが、火の透過性を考えれば古くて乾燥しているものほどよいのは当然である。『養生訓』では、「三年以上経過したものがよい。使用の時には焙って婿って乾かすのがよい。」といっている。

艾はただ火を付けて使うだけでなく、ちょっとした切り傷、火傷にも有効で、経験的には十分に殺菌、止血作用があるものと感じられる。艾そのものはほとんど無菌に近く、口に入れても害がない。我が家で飼っている犬は、腹の調子をこわしたときなどに粗艾を差し出してやると、適当に必要なだけ食べて体調を調えることも観察している。