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灸をする(9)

積聚会名誉会長 小林詔司

『積聚会通信』No.14 1999年9月号 掲載

今回は、灸をする場所について触れる。
 
例によって『養生訓』を取り上げるが、一般に灸をする場所は経穴つまり経絡上の穴ということになっている。しかし貝原先生は禁灸穴は当然避けるものの、むしろ阿是穴でよいとする(43節)。
 
阿是穴は体中何処にでもあり、その場所は「灸穴にかかはらず」という。
 
灸穴に関わらないということは経穴にこだわらないということだが、この阿是穴を見つける方法は、「身体のどこでも圧して強く痛むところとすればよい」としている。阿是穴とは、身体のあちこちを適当に押していると指に何かを感じることがあるが、その感覚を指して「あゝ、これか」と納得する処の意味だとか、田んぼの畦道(あぜみち)のように正道である経絡から外れた道節にある穴のことだとかの説があるが、いずれにしてもその都度状況に応じて場所を変える穴であることが分かる。
 
ただ阿是穴でいいとするのは養生的な意味においてであり、例えば深山幽谷や山嵐や海辺の湿気に当てられないようにするとか、疫病や温瘧のような伝染病が流行りそうなときにその寒湿の予防として灸をするのに適している、とする。
 
この応用としてはチベットなどの空気の希薄な処に行くとか少し高い山に行くと高山病にかかり易い人などは、灸痕が消えないように常に幾つかずつ灸を前もってしていけばよいということである。
 
ちなみに温瘧(うんぎゃく)とは、先熱後寒の症と一言でいわれるもので、まず身体が熱くなりその後寒けがする症状を指している。現代ではマラリヤのような間欠熱性的症状で、ただおこり(瘧)と訳されることが多い。
 
これらは養生の灸処である足三里の灸を思い起こさせるが、どうもここにこだわらなくても自分で感じるところは何処でも、いつも灸痕が残る程度に灸をすえればよいということになる。
 
しかし阿是穴であれば何処でも幾つでもよいかといえば、49節では「灸すべきところを選んで、要所に灸すべし。みだりに処多く灸せば、気血をへらさん。」という。
 
さて要所は何処かの具体的な指示はないが、「上項(くびすじ)の辺りは気がのぼるから良くない」(47節)、という表現から判断すれば、頚・頭部はまず適さない処であろう。
 
ところで禁灸穴としては、張介賓著の『類経図翼』には47穴が挙がっていて、それによれば下肢13穴、上肢6穴、腹部1穴、胸部3穴、背部4穴の計27穴もが頭頚部以外の穴である。
 
ただし身体の表面積で比較すれば頭頚部の20穴は左右共に40穴弱となり単位面積当たりの穴数の密度は高く、上項辺りより上は非常に禁灸穴が多い印象を受ける。