CODとマダミスとロールプレイングの話
※この文章は一部逆噴射総一郎先生のスタイルをサンプリングしております。完全なるリスペクトによるものです。
先々月くらいからおれの中でマーダーミステリーブームが来ており、iOSアプリ″ウズ″を使用して単身で野良卓にAssultかまし、イーワイーワとやっていたわけだがここ最近はそういうわけにいかなくなった。
戦争が始まったのだ。
コール・オブ・デューティである。
ご存じの方も多かろうリアル指向ファースト・パーソン・シューターの金字塔で、おれも御多分にもれずシリーズのうち何作かを(中学生の時分に怒声を吐き散らしながら)プレイした経験がある。
旧モダンウォーフェア2でグレポン(完全なるブル・シット)を放り出し合ったり、ブラックオプスではレズノフの静かな狂気に震えたりしていた。
だが、それ以降はもっぱらライバル作品であるバトルフィールドの方にのめり込み、戦場の仲間たちに意味不明の中国語を浴びせながら弁当箱を配り歩いたり、「あんなスポーツめいたママゴトよりも、BFの血と鋼のにおい漂う薫風がおれには合うぜ・・・。」などと嘯いてみたりした。
(実際は友人の多くがCoDではなくBFを遊んでいたからおれもそうしていただけだ。)
それから大体10年が経ったころ、CoDウォーゾーンがリリースされた。
時流に合わせたバトルロイヤル形式のルールセットで当時すでに目新しさは無かったが、大手IPならではの確かな心地よいプレイフィールがあったし、実際よく楽しんだ。
一緒に遊んでいた友人は「前作のバトロワモードのBlackoutの方が面白く、warzoneはそこまで気が進まない」ということを言っていたが、おれはそっちを遊んでいないので知らない。
そのwarzoneも次第に日本国内人気をApex Legendsに取って代わられ、おれたちは”腹を入れる”ことよりも”フェニキを巻く”ことに注力していった。
あとはロケットリーグをめちゃくちゃやった。
それからややあっておれのPS4が大破したことをきっかけにそれらのゲームを遊ばなくなり、PS5が手に入ってからも以前ほどは精力的にセンチネルをチャージしなくなっていた。
ロケットリーグはやっていた。(“闇市”にも抵抗がなくなっていた。)
このくらいの時期におれはマーダーミステリーにハマりだした。
もともと何作か友人と遊んではいたが、ある日なんとはなしに野良卓・・・つまり共に遊ぶプレイヤーが全員互いに素性を知らない状態で遊ぶオンラインセッション・・・に参加してみたのだ。
マーダーミステリーについて説明しておくこととする。
マーダーミステリー(マダミス)は、複数人のプレイヤーで集まり(オンラインオフライン問わず)、それぞれにキャラクターを割り当て、その概要を読み、そのキャラクターになりきって会話をしていく中で、お互いに持っている情報を擦り合わせたり、時には嘘をついたりして、それぞれに課された目標の達成を目指したり、あるいは単にプレイヤー間で作られるインプロヴィゼーション的な物語を味わったりするゲームのジャンルだ。
ビデオゲームで言うところのソフトに当る単位は“シナリオ”と呼ばれ、血生臭い殺人を描いたものや、コメディタッチのもの、SF、ファンタジー、ホラー、学園、時代劇など多岐にわたる。
それからよく言われるのは“人狼とTRPGを掛け合わせた様なプレイフィール”ということだ。
これがなかなかどうして刺激的で面白かった。一般的には日陰に位置するであろう文化を愛でようという好事家達は、おれのようなニュービー(全くのビギナーではなかったが)にも当然のことのように優しくしてくれた。
また、中には息を呑むような空気感を作り出す朗読やロールプレイ(つまり演技)を繰り出す凄腕演技派プレイヤーや、メルエムに追い詰められたウェルフィンの様に天啓に打たれたとしか思えない推理或いは大嘘をカマしてみせたプレイヤーもいた。
いずれにしても、肝要なのはロールプレイである。
ロールプレイこそがマダミスをマダミス足らしめている要素であり、それを損なうと1プレイの豊かさが随分変わってくる。
例えば映画において、どれだけストーリー、照明やカメラの腕、劇伴が優れていても、メインを張る俳優が棒立ち棒読みの腰抜け演技をしていては全くの台無しだ。
だからおれは、精一杯演じた。ある時は有望な若き科学者を。ある時は年老いた暗殺者を。またある時は偉大なる天使を・・・。
ロールプレイがうまくいけば褒められるし嬉しい。その無形の褒章を求めて夜毎に様々な世界(マジックサークル)へと繰り出したものだ。
そんな折おれの眼前に突如現れたのがCoD MW2のベータテストである。
CoDのベーシック且つオーセンティックなルールセットといえば、目標ポイント数まで相手チームのやつらをキルしまくる”チームデスマッチ”、それの個人プレーヴァージョンの”フリーフォーオール”、VALORANTに端を発する古典的な爆弾解除ルールの”サーチアンドデストロイ”などがある。
いずれも(現代のFPSゲームにおける水準でいえば)小規模なマップでミニマムにトライアンドエラーを繰り返し、素早い展開を己の技量と経験からくる判断力で捌き続けることがそのまま“遊び”となっている。
それらを遊ぶのは実に10年ぶりくらいのことだった。
“チーム”デスマッチとはあるが、仲間との連帯意識など殆どない個人技の競い合い。
あまりにも軽い1ライフの価値。
鋼と硝煙、そして罵声と怒号・・・。
いにしえより変わらぬ戦場の気風が、おれを強制的にひとりの狼に戻した。
どこで抜けたか知らぬ牙がまた生え、使わなくなり退化した生まれつき人体に備わっていない正体不明の感覚器官が萌芽する。
敵影だけを追い求め、顔にかかった返り血を拭いながら走り続けるキリングマシン。
そうだ・・・おれはかつてそういう姿をしていた・・・。
やがて製品版が発売され、おれは迷わず購入した。
咄嗟の曲がり角で遭遇したKorTac兵士の頭蓋骨を銃床打撃で粉砕したり、サンタ・セニャ・ボーダークロスのサイドレーンをプッシュしながら敵をちょうど10人連続キルしたり、自分が呼んだケアパッケージを3回連続で奪われたり、それは楽しいものだった。
そしてアップデートがやってくる。
ヤアヤアヤアとばかりにもたらされたMW2最初の大型アプデは心躍るものだった。新たな武器やスキン、マップ。
そして何よりも、今作から新たに追加された新モード“DMZ”。
初回プレイは友人と遊ぼうと考えていたので、日程を調整するのに少し苦心し、やっとの思いで遊ぶ頃には期待で胸がパッツパツになっていた。
DMZとは、所謂パーマデスとかタルコフライクと呼ばれるゲームジャンルを採用したルールセットで、アル・マズラと呼ばれる一つの広大なプレイアブルエリアを1〜3人で1組の何個かのチーム(実際何個かなのかは知らない。なぜか調べても出てこないので、何らかの圧力による隠蔽がなされていると、おれは見ている。)が駆けずり回り、基本的には害し合い、極たま〜に協力し合うかもしれないという遊びだ。
エリアの中にはNPCもたくさんおり、しかもハッキリ言って結構強い。
慣れるまではおまえたちも結構ころされるだろう。
まず伝えておくがこのDMZ、チョー面白いのである。
先達となったタルコフがそもそもめちゃくちゃエラいのだが、ともすれば辛口になりすぎかねないルールをCoDプレイヤー向けに程よく調整している開発チームの仕事は、それはそれでめちゃくちゃエラい。
だがおれがここで述べたいのは、難易度バランスやシステム的な出来栄えのことではない。
DMZ・・・というかタルコフライクは、FPSであると同時に、とびきり濃度と自由度の高いロール・プレイング・ゲームの楽しみをおまえに提供する。そこのところを伝えたいのだ。
こんなことは歌舞伎ヅラの誰かが見てるぞ的なステッカー(あれはディストピアすぎる)と同じくらいどこにでも書かれていることだが、あえて説明しておくと、ロールプレイングとは先のマダミスの件で述べた通りロール(役)をプレイす(演じ)ることだ。
なぜ演技が楽しいのかといえば、自分で一切責任を負わなくていい物語を、しかしヒロイックな情緒を損なわずに鑑賞、ないし体験できるからだ。(もちろん他にも重要な要素はあるが今は必要ないので省く。)
今やRPGというジャンルの定義付けは音楽におけるROCKと同じに曖昧なものとなっているが、少なくとも自己を投影できるキャラクターを自分が何らかのかたちでコントロールしていればそれはRPGであるとおれは考える。
そういう観点でいえば、ファースト・パーソン・ビューはこの上なくロールプレイングに適している。単純に画面の構成が普段の個人の目線の似姿であるし、自分がプレイするキャラクターが画面上に映っていないことは万人にとって没入感を高めてくれる要素だ。
キングダムハーツのソラの様にバカデカい靴を履いたガキがシャカリキにバカデカい鍵を振り回すのを操作しながら「こいつはおれなんだ・・・。」と思う奴はそう多くはないだろう。反面、フォールアウトやバイオショックの主人公はよく喋るが、一人称視点であるが故に「もしかしたらおれにもこういう側面があるかも・・・。」と思わせてくれる。
それから、DMZは他のモードと比べて1ライフの価値が高い。
「どういう硬さ?」と聞かずにはいられないタフネスと、気分次第でゴッドライクなエイムをカマしてくるあの憎たらしいアーマー兵や、なんとなくハイウェイを流していたら偶々おまえを見つけてしまったプレイヤーが乗ったチョップトップなどに、おまえはころされるだろう。
そして、戦場で手に入れた種々の物資は失われ、おまえがホットなベイブにそうするように愛した鋼鉄の火器は、幸運に巡り合わせた腰抜けの漁夫の手に渡る。おまえは「どうしてぼくがこんな目に!?こんなのってないよ!」などと泣き喚くだろうが、おまえの骸は犬にさえ顧みられない。戦場は腰抜けにも真の男にも同様に冷ややかな眼差しをおくるだけのメキシコだ。
・・・話が逸れたが、とにかく失敗時に失うものが大きいのでリアリティラインが現実に近いし、プレイにも自然と熱中するということを述べたかった。
プレイに熱中すれば自分の操作対象を死なせたくなくなるし、それはつまり自分自身と操作対象の距離が縮まるということでもある。
そこにロールプレイの芽吹きがある。
他にも重要な要素がある。それは「カッケエ」ということだ。
CoDシリーズは多様なFPSの中でもとりわけ“キャンペーンモード”・・・所謂一人用ストーリーモードに力を入れてきたシリーズである。おれは過去作のストーリーをすべて知っているわけではないが、おれが遊んだタイトルのキャンペーンモードはすべて一級品だった。単純にお話の筋書きが面白いというのも勿論あるが、それ以上にキャラクターの立て方や景観の見せ方、外連味あふれる演出、そのどれもがカッケエのである。(ファースト・パーソン・ビューを利用したストーリーテリングについて述べたいことはいくつかあるが、それに紙幅を割くのはまたの機会とする。)
こういったノウハウは当然DMZにも活かされている。
アップデート適用時に流されるDMZのイントロダクション的なムービーがまずカッコヨく、何人かの個性的なヴィジュアルのキャラクターが登場するが、いずれも深く掘り下げられることはない。ロールプレイのためにプレイヤーの魂が入り込む隙間を残してくれているという配慮が感じられる。
また、プレイ開始時には、主観視点でバトルエリア内に入っていくムービーが流れ、シームレスにゲームプレイへと繋がっていく。これもまたカッコヨく、プレイヤーの心を高めてくれる。おれのお気に入りは海中から上陸していくやつだ。メタルギアソリッドの様でカッケエ。
それから、これは業界内のトレンドだが、DMZにおいても“環境ストーリーテリング”的なものが採用されているのがおもしろい。
環境ストーリーテリングとは、会話やモノローグなどを用いずに、ゲーム空間(マジックサークル)内に配置されたオブジェクト、それにまつわるフレイバーテキスト、またそれらの関連性からナラティブを描き出す手法のことである。
古来より使われてきた手法ではあるが、近年ではいわゆる“ソウルシリーズ”が最も得意とするスタイルであるとおれは思う。
同作をプレイしたことのある者であれば分かるだろうが、ナレーションやモノローグは殆どなく、NPCとの会話も数少なく、あったとて難解すぎて、あるいは単に気が狂っていて、理解するに平易ではない。
そのためプレイヤーは、作り手の意図に基づいて配置されたアイテムやオブジェクトといった“作品内において客観性を持つ要素”からどうにかこうにか物語をつかみ取ろうと躍起になるのである。
つまり、不親切なほどに多くを語らないスタイルがプレイヤーに対する強い求心力を生み、物語に引きずり込む。強制的にプレイヤーを役者にするのである。
これが環境ストーリーテリングの効果だ。
これに近いことがDMZでも行われている。
周遊し続ける列車、占拠された警察学校、大破したクルーザー、停泊している貨物船、海に沈みかけている町、点在する要塞、個人用のロッカー、男性の写真、猫の写真、アル・カターラの攻略略図、歯磨き粉、藻類の付着したツールボックスの鍵・・・。
これらはほんの一部であるが、アル・マズラをただのプレイエリアではなく、武力によって踏みにじられた都市であることを描き出そうという作り手の気概が伺えるような、アイテムやシチュエイションの数々である。
ただ、ストーリーテリングと呼べるほどには強固な物語は存在せず、おれにとってはあくまでそれらはただ配置されているだけに思える。
だからおれは上の方で環境ストーリーテリング“的”と表記した。
それを作品として厚みが不足していると取るか、おまえのロールプレイをぶっかけるのりしろであると取るかはおまえ次第だ。
さらに、これは少し以外かもだが、ことDMZにおいてはオンライン協力プレイとロールプレイの相性が良い。
気の置けない友人とボイスチャットを使ってやんややんや言いながらアル・マズラを奔り回るのだ。
おまえは偶発的に生まれるドラマの数々に巻き込まれ、役者でいずにはいられないことだろう。
DMZはそもそも一人で遊ぶには難易度が高い。
よって“要塞の制圧”や“武器ケース回収”など、DMZの花形的コンテンツには手が出辛い。
となると、コッソリと街はずれのロッカーのカギを開けに行ったり、任務達成のためにチョロチョロと包帯を持って帰ったりくらいしかやることがない。
これはこれで硬派に一人で脳内にストーリーを立ててロールプレイすることはできるが、強いドラマが生まれないのである。
だが、パーティプレイであれば、高難易度コンテンツに挑戦したり、他のスクワッドにカチコミかけたりできる。
これはもう完全にドラマ確定だ。
ちなみにロールプレイといっても何も渋がって「おれは屋上からエントリーする・・・。上官命令だ。おまえら・・・死ぬなよ。」とかは言わなくていい。(おれは言ったりする。)
たとえば、他のパーティが駆るチョップトップを装甲車で追いかけながら
「おれ火炎瓶投げっから!もっと寄せてくれ!」
「いやこれ以上距離縮まんねえ!」
「おっけもう投げるわ!・・・あ全然ダメだね(笑)」
「ちょちょちょ危ねー!燃えるべや!」
みたいな場面があれば、後から「ウフフ、さっきの映画みたいだったよネ。」とか言って回想すればいい。
これがロールプレイの楽しみなのである。
人とロールプレイするならばドラマが必要で、ドラマとは、基本的に人と人の邂逅により生まれるものである。
ちなみにこれはハイコンセプトなストーリーの作劇テクニックとしてそのままあてはまるものだ。(逆噴射先生が述べていた。)
さて、ひとりよがりなほどに随意に書き散らかしてきた文章をここまで読んでくれたおまえの忍耐に感謝を送る。
とにかくおれが伝えたかったのは、ロールプレイはチョー楽しく、表面的なジャンルに依らない普遍的な遊びなので、何にでもロールプレイおっ被せてみては?というライフハック的提案である。(ゲームに限った話でもないので、今度は日常に潜むロールプレイについて綴るのもいいかもしれない。)
最後に、とある日のおれのアル・マズラにおける戦争活動の記録をドロップして終わりにしようと思う。おまえのロールプレイの参考にしてくれ。
———海水は冷たくなく、水着でバカンスなのであれば最高だが、実際は軍服で任務なので最低だ。
アル・マズラ東岸のランディング・ポイントに到着した頃には既に衣服にしみ込んだ海水にうんざりしていたが、高い気温と乾いた風が水分を飛ばしてくれるだろうと半ば強引に前向きさを持つことでやっと動こうという気になる。
今回の任務は“特にない”。
逆を言えば自分で考えて何らかの戦略的な利益(タクティカル・ベネフィット)を持ち帰れということだ。
何にせよ、おれの様に小規模な軍事産業で食っていこうという連中の活動は思った以上に地味で過酷でアバウトなのである。
とりあえず以前同業者をボコって手に入れた“アダル銀行の2階オフィスの鍵”でも使いに行こうかと思う。
これではほとんど夢見がちなトレジャーハンターだが、最早全域が常在戦場と化したこの街では、鍵のかけられた場所にはまず間違いなく最新鋭の武装や戦略的に有用な情報が隠されている。
戦略地図”TAC-MAP”を開き、現在地を確認。
付近に転がっている使えそうな車両、それからアダル銀行があると思しきエリアにピンを立てる。
目的地に直行したいところだが今回は攻撃的な武装を持ち込んでいない。
持参した火器を扱えば、弾丸や遺体に残った線状痕からおれたちの情報が少なからず明らかになってしまう。
弱小民間軍事企業(PMC)にとってそれだけでも痛手になりうる。
なので、まずはそこらにいるまともに練兵されていない現地警備兵の軽機関銃(RPK)でも頂戴していくことにする。
油断しきっている警備兵の背後からにじり寄る。
周囲にコイツ以外の敵影は無し。
おれは懐からカランビットナイフを取り出し、CQCを仕掛ける。
膝裏をひと刺し。
体勢が崩れ、顔を上げたところに首を刺し貫く。
悲鳴を上げさせる間もなく呼吸器を破壊する。
死体をわざわざ隠すような真似はしない。
ここでは珍しいものではないし、連中が気付いて騒ぎ出すころにはおれはその付近にはもういない。
そうして手に入れたRPKとマークスマンライフル(LM-S)を担いでおれはチョップトップに乗り込んだ。
優雅なドライブも束の間、程なくして苛烈な銃撃に見舞われた。
精度から察するに、そこらの雑魚ではなく、おれと同類の、この街を食い物にしようとしているような手合いによるものだろう。
それも一人ではない。
2人か3人。
分が悪いので逃げ切りたいところだったが、銃撃に耐え切れず車がオシャカになった。
考えるよりも先に脱出し、付近の物陰に身を隠す。
車の爆発音が耳をつんざく。
どうやら付近は粗方漁りつくされた後のようで、現地兵の死体がそこかしこに転がっている。
おれを撃ったやつらは間違いなくおれを獲物と認識して捜索している。
窮地だ。
こういう状況に陥った奴は大概死ぬ。
それでもここまでおれがやってこられたのは少しの機転と大部分が運によるものだ。
つまりおれは、付近の死体からUAV(無人航空偵察機)要請用の無線機を入手し、そのおかげで外部からの刺客が付近にもう1スクワッド存在することを知る様な奴なのだ。
そうと分かれば、おれはこのまま身をひそめながら少しずつ移動し、連中がかち合ったタイミングでこの場を離れればいい。
銀行のことなどは最早どうでもよく、生きて帰るために脱出地点へと向かうことにしよう。
幸いなことに使えそうな車両が少し行った先にある。
TAC-MAP上で2チームが肉薄し、すぐさま銃声が響きだす。
乗じておれは駆け出した。
しかし、おれが車両を目視で捉えられる距離まで来たあたりで、やおらその脇から人間が飛び出し車両に乗り込んだ。
咄嗟にRPKを構えて7.62mm弾を撃ち込んだが、有効なダメージを与え切る前に逃げ切られてしまった。
おれと同じように、戦渦に巻き込まれまいと潜んでいたのだろう。
幸い、先ほどの2チームはおれの放った銃声を気にも留めずに未だに乳繰り合っているようなので、おれはのんびりと徒歩(かち)で脱出地点へと向かうことにした。
道中特に問題もなく脱出地点までたどり着けそうだが、このままでは成果が粗製のRPKとLM-S、あとは歯磨き粉とクソダサい時計だけになってしまう。
まあ、生きて帰ればまたチャンスはあるわけで、今回はこれでよしとしようじゃないか。
欲をかいたやつから死んでいく。
脱出地点付近で見覚えのある車両・・・やつれた様子で煙を吐き出しているハッチバック・・・が目に入った。
おれはすぐさま付近の家屋の外壁に取り付き、梯子を発見し、屋上に上がる。
周囲を見渡すと・・・いた。
おれの目の前で車をパクって行きやがった奴だ。
脱出地点付近のブッシュの中に派手な塗装が施された狙撃銃を抱えて潜んだつもりになっているらしいニュービーを光学照準器(ろくなサイト)のマウントされていないLM-Sで狙撃し駆け寄る。
おれが打ち抜いたガキはかつてのおれだった。
どこかの手練れの死体から回収したフルカスタムの狙撃銃をコアラの様に抱えて横たわっている。
普段そうしているわけではないが、おれは気付けば死体(おれ)に語りかけていた。
「悪かった。
必ずしも殺す必要はなかったのだが、どうもその青臭いツラが目に障った。
それから・・・おまえが持っていたこのVICTUS XMRはおれがもらっていく。
この前、同様の武器を不具合のせいで誤って破壊してしまってね。
しかし、たかがレベル2アーマーでおれの前に現れたおまえも悪いと思うのだが・・・違うか?
おまえは一度死んだが、どうせまたここへ来る。
キルコンファームで多少のしてきたおまえがこんな結果に満足できるわけがないし、おまえの様な奴をDMZは捉えて離さない。
ともかく、歓迎しよう。
ここがアル・マズラだ。」
脱出用のヘリコプターが背後でランディングするのを感じる。
乗り込もうと振り返った矢先、おれはどこからかやってきたド派手な車両に間抜けにもロード・キルされた。
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