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SHADOWTIMES 2013/03/07 Vol.17

《Days and Lights》Post.8
「テスラの河」 勝又公仁彦(邦彦)

この年末年始、北米に行ってきたことはお知らせしたばかり。 ニューヨークJFK空港から乗り継いで、バッファロー空港で降り、ナイアガラへ向かった。

“Natura Morta” 「2012年12月30日 Buffalo, USA_ IMG_3046」
バッファローからナイアガラへ。送電線は途切れることなく続く。

バッファローからナイアガラへのタクシーの中、私は窓外の光景の二つに目がいった。一つは各家の屋根に必ず四角い煙突が見えること。もう一つは、かなりの数の送電線が縦横に延びていることである。
特にバッファローから我々が向かっている方向への送電線はいつまで経っても途切れることなく続いていた。途中で陽が落ちてしまいその到達点がどこなのかは追うことが出来なかったけれども。

“Japanoscape” 「2003年12月21日 静岡県御殿場市」

送電線は言うまでもなく電気を送るためのものだ。私は子供の頃から高圧線や電線を観察や鑑賞の対象にしていたので、国による送電線や鉄塔の違いには敏感なほうかもしれない。
最初に意識的に長時間露光をしたのも天体写真を除くと、旅先で見た夜の鉄塔と送電線だった。しかしそれがどこから来て、どこへ向かっているのかについては突き止めることなく過ごしてきた。 

しかし2011年の東日本大震災に伴う、東京電力福島第一発電所の原発事故以来、送電線の見方が変わった。
私のみならず、電力を主としたエネルギー全般について社会全体が再考せざるを得なくなっている。日本の電力会社の発送電の独占といったことも問題点として挙げられることが多い。
ではこの、電力なしには運用することの出来なくなった社会システムは一体いつどこでどのようにして産まれたのだろうか。その全てをここで検証するのは紙幅の都合もあり難しい。その一端にでも触れられればと思う。

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