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あなたが聴くべきたった一つの名曲について―舐達麻『100MILLIONS』の西部劇らしさ― (6,055字)

その事件は、2019年に起こった。日本全国のラップミュージックのリスナーがこぞって絶賛し、「10年に一度のクラシック」「最高のトラックとリリック」「類まれなる才能をもったリリシスト」などと賛辞を贈った、舐達麻(なめだるま)のブレイクと、名曲「100MILLIONS 」のリリース。ヘッズから徐々に女性も巻き込んでのブレイクになりつつあるようで、この渋くて危険なグループが陽の目を浴びるのは嬉しく、納得感もある。当然だ。上質でスタイリッシュなトラックにドープで詩的なリリックが乗る。泣かないわけがない。JAY-Zの「Dead Presidents II」を、NASの「N.Y. STATE OF MIND」を、MOB DEEPの「Drop A Gem On 'Em 」を初めて聴いた時のことを覚えているだろうか。グルーヴがばっちりとはまり、突然、目の前の景色が変わるようなあの快感=価値観の転覆を。音楽は運動を生む。聴覚は身体を揺さぶる。舐達麻の「100MILLIONS」には、選ばれしヒップホップ・クラシックにのみ存在する、高貴なグルーヴの源がそこかしこに詰まっている。あとは、乗るか乗らないかはあなた次第だ。

※舐達麻「100MILLIONS(REMIX)」ミュージックビデオ。大麻を指す隠語である420=4分20秒きっかりで撮られている。

舐達麻を聴くと、いつも西部劇を思い出す。ジョン・ウェインの銃捌きを。クリント・イーストウッドのウインクを。ジョン・フォードのカメラを。

たとえば。テンガロンハットを被ったガンマンがバーに入る。揺れるスイング・ドア。銃撃戦、振り向きざまの早撃ち戦。外ではタンブル・ウィード(回転草)が転がり、馬車の背後を列車が大きな音を立てて走り去ってゆく。落ちる夕日が照らす少年の表情からは、ガンマンへの憧れと、この物語が少年によって再び繰り返される将来への予感を誘う。

西部劇は、以上のような様式美から成り立っている。ガンマンはただただガンマンとして振る舞い、悪役もただただ悪役として存在する。そこに理由はない。プロットは決まっており、何かしら決まった設定を変奏したものでしかない。奇しくもレオーネ生誕90周年、没後30周年にあたる2019年は、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』のオリジナル版が公開されたり、タランティーノが『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』で西部劇の映画史を書き直したりと、ウエスタンにとってニュースの多い年だった。

※セルジオ・レオーネ監督『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』

                 出典:https://eiga.com/movie/42596/

開拓者魂を持ち、極めて男くさい価値観から端を発しているヒップホップのメンタリティそのものがそもそも西部劇的ではあるのだが、舐達麻は、その中でも極めて“西部劇らしさ”が香り立つグループである。リリックには大麻が頻出するが、それはただ日常にあるものとして描かれ、ことさらにヒップホップ的リアリズムの演出に使われることはない。西部劇において女は助けるためにいるし、銃は撃つためにあるし、馬は移動するためにいる、ということと同じように、大麻はただ吸うためにある。もっともらしい理由と意味が介在しない世界で、あるのは、カメラがとらえる男と馬と銃が織りなす運動、そこから滲み出る美学である。『100MILLIONS』も、胸をうつ煙たいグルーヴから、延々とループする音から、これでもかと美学が滲み出ている。

西部劇に通ずる美学が最も香り立つのは、何をおいても、まずはその美しく詩的なリリックである。幾層にもメタファーが重ねられた物語が生む崇高な聖性と、どこかアレン・ギンズバーグ等のビートニク勢をも彷彿とするアウトロー精神と巧みな韻。『100MILLIONS』のストーリーは、美しい情景描写をまじえた一節から静かに始まる。

スピードは次元を超えて
変化して行く てめぇの声で
体に流れた煙 雲ひとつない
晴天高く舞う蝶 飛び続け一生
生きているだけなら
ならない音やら ありふれた毎日じゃ
起きえない事柄
いつもここから 常識の外側
まずは家の大量のネタを隠すとこから 

<スピードは次元を超えて>というのは、大麻による幸福状態により動きがスピーディになる=俊敏になっていることと、一方で舐達麻の元メンバーである1.0.4(トシ)のスピード事故死をかけているのかもしれない。<雲ひとつない晴天高く舞う蝶>は、「晴天高く」という秋の季語に蝶が舞う様子が描かれ、空間に無限の広がりを生む。秋は、少しずつ日照時間が短くなる中で大麻が開花に向かう時期。花開く情景が、晴天/高く舞う蝶/飛び続け一生、というリリックとともに紡がれることで尊いまでの結実を予感させる。

<生きているだけならならない音やら ありふれた毎日じゃ起きえない事柄><いつもここから常識の外側 まずは家の大量のネタを隠すとこから>からは、通常の常識からは説明できない彼らの特異な日常が垣間見える。お笑い芸人の「いつもここから」の「ネタ」が日常のあるある話を元にしたものであることから、その対比として彼らのライフスタイルが常軌を逸したものであることがさりげなく強調される。

次のヴァースは、神々しい世界観の中で、煙の中に充満した多幸感がゆらゆらと脳の奥を突くようなムードが続く。

デイドリーム 女神息吹は届く広域
アフロディーテ吐息 ホップする帳尻
降る雨はメイクしむける
サティバの大麻 アーリタイム指した
テンポイントダイヤ 奥は暗い
開花期の襲来 満員御礼 渋滞
ネクストの倍
3MC allthc プッシュしてサプライ
真っ赤なサードアイ fly 

<デイドリーム>は白昼夢で、大麻の名づけにも多用されるが、その夢心地を<女神息吹は届く広域>と小粋(=広域)に表現する。再び大麻の種類を指す<アフロディーテ>と来るが、元来アフロディーテはギリシャ神話の美の女神であり、それが<女神息吹>とつながり<吐息 ホップする帳尻>と受ける。アフロディーテは海に切り落とされた男根に沸く白い泡から生まれた女神で、別名「泡の女神」。泡の女神の跳ね上がる(=ホップする)尻、というエロティックな連想も、<ホップ>=アサ科の葉っぱ、が持つビールのような苦味がうまく中和させる。

前出の“晴天高く”から一転して、“降る雨”がサティバの大麻を育て、<アーリータイム指した テンポイントダイヤ奥は暗い>というリリックでは“アーリータイム”というレゲエ用語が指されることで再び大麻が連想され、同時に“Early Times”という、禁酒法の時代に医療用ウイスキーとして脱法し飲まれたバーボン・ウイスキーの銘柄がかけられている。アーリータイムではあるが〈奥は暗い〉という室内での栽培を描写しながら、ROLEXの〈テンポイントダイヤ〉がアウトローのリアリティを演出している。

<開花期の襲来 満員御礼 渋滞><3MC allthc プッシュしてサプライ
真っ赤なサードアイ fly >
からは、大麻の開花による収穫と精神的なハイへの変化(=thc)(=サードアイ)(=fly)が見てとれる。サードアイへの開眼とともに、スピリチュアルな女神が想起され、ここで一度我々は昇天する。

次のヴァースは、前ヴァースの女神の描写から一転、より世俗的・通俗的な最小単位の愛が(最小単位ながらも最大限に)ドラマティックに描写される。

根を張れば自ずと向く 光さす方
続く秋晴れ煙 昇る雲
妥協 しない今日得る信用
カーテン閉じたままの秘密の花園
目覚め眠るまで時間は関係ない
切られても切れるような関係じゃない
運命信じないが感謝 する出会い
望み掴む未来 何度でも再会
一途な思い自由壊したとしても
話すな手を 犬には秘め事
シラフじゃ嫌気さすモノクロの世界
時間は奪えど心は奪えない
強く抱きしめるこんな美しい夜は
2度とは来ないかも しれないから
まぶたの裏に焼きつける姿
終わりない口づけ交わり待つ朝 

秋晴れの空で、<妥協しない今日得る信用>と、契りを交わす男たちの美学が宣言された後、パンチラインとして名高い<カーテン閉じたままの秘密の花園 目覚め眠るまで時間は関係ない 切られても切れるような関係じゃない
運命信じないが感謝する出会い 望み掴む未来 何度でも再会 一途な思い自由壊したとしても 話すな手を 犬には秘め事>
で、<朝>とかけられた<麻>によって警察(=犬)から追われる者、恋仲に溺れる男の、まさに西部劇のような刹那的な美しさが詩的に紡がれる。日本語ラップの歴史を紐解いても、これほどまでに切ない夜が、静かでエモーショナルな夜があっただろうか。

そして、BADSAIKUSHによってREMIXヴァージョンで追加された、刑務所の情景描写からなるヴァースが以下だ。

コンクリートの内側 塀の中
窓に鉄格子のある部屋
オランダやアメリカに思いを馳せた
いる場所で変わる普通
縛られる苦痛 やりたいようやる
じゃなきゃ頭狂うのが普通
酒で汚れたフロア フェラガモの革靴
胸に諭吉の束 栄一にもよろしく
ジョイントや葉巻で巻いたり
液状の大麻を所持したまま
ステージ上がりマイク掴んだ
BADSAIKUSHはそのまま
惜しまず シャバのサイクルは
メアリー 歌詞を書く
刑務所の仲間に手紙を書く 聞く
ボブマーリー ダイヤのような
覚醒剤でなく琥珀色ワックス
疑い深くなる世の中
NujabesにTOKONA-X
受け継いだ血 ここは048
ビートステーション 声からし
麻を舐める達人 全国各地 上げる煙
重低音奉り 俺の吐く言葉 音楽で殺人

<塀の中><窓に鉄格子のある部屋>で大麻への愛を通して<オランダやアメリカに思いを馳せ>る彼は相当な苦労と苦痛を伴いながら不自由な日々を送っている。<酒で汚れたフロア><フェラガモの革靴><胸に諭吉の束><ジョイント><葉巻>などが、またもクラシカルな西部劇の美術や小物を彷彿とさせる一方で、<栄一にもよろしく>で言う栄一は新一万円札の図柄を飾る、舐達麻と同郷の渋沢栄一。地元への愛をさり気なく宣言したと同時に、渋沢栄一が資本主義の父であることを思い出し、我々はそのストーリーにニヤリとする。

医療大麻の推進活動をしていた<(ブラウニー・)メアリー>と、大麻合法化の活動家でもあった<ボブ・マーリー>がかけられ、琥珀色の大麻ワックスへの賛美が謳われる。 <NujabesにTOKONA-X>という、若くして亡くなったヒップホップの偉人を弔いながら、その<受け継いだ血>をリズムマシーンである<ビートステーション>を使い、熊谷拘置支所の市外局番を指しているのかもしれない、<048>から<声からし>届ける、煙が上がり重低音が鳴り殺人が起こるようなリリック、ビートの応酬。

もうお分かりだろうか。大麻をモチーフにしながらも、そこに韻を踏みながら多彩な言葉遊びを仕掛けていくことで新たなもう一つのストーリーテリングを生み出し、男の美学と共にヒップホップへの愛を捧げる『100MILLIONS (REMIX)』は、様々な憎しみや哀しみや愛を背負いながら日々を送る上で、警察とひたすら対峙するということが謳われた曲である。そしてそれは、様々な想いを胸に悪党と対峙し決闘するという、西部劇で描かれる構造そのものである。

舐達麻のトラックメイカーとして最近は海外でも評価がうなぎ上りのGREEN ASSASSIN DOLLAR(グリーン・アサシン・ダラー)が紡ぐ上質なトラックは、ジャジーで時にディープさとアブストラクトさを併せ持ち、まるでMOODYMANNのような崇高なディープハウス感すら発している。様々な想いを背負い、追う者と追われる者との間にあるドラマティックさを表現する西部劇音楽――例えば『夕陽のガンマン』の「for a few dollars more」や『続・夕陽のガンマン』の「ecstasy of gold」を思い出して欲しい――で奏でられる聖性と通ずるものがあるかもしれない。

※映画『続・夕陽のガンマン』挿入歌 エンニオ・モリコーネ「The Ecstasy Of Gold」

加えて――もはや日本のヒップホップシーンに欠かせない存在となった映像作家――Spikey Johnが撮った「100MILLIONS(REMIX)」のミュージックビデオについても触れなければいけない。舐達麻のクルーが並ぶシーンは戦いに向かう前に並び立つガンマン達のようでさすがの迫力を醸し出しているし、何よりも、そのクルーのシーンやBADSAIKUSHがライムするシーンで、わざわざ背後に電車を走らせるSpikey Johnのセンスに泣く。あの電車が、もはや西部劇の列車や馬に重なって見えるのは私だけではないだろう。そうなると、ラストカットのドローンによる空撮は、モニュメントバレーを捉えるロングショットであるに違いない。黄色がかったホテルの部屋と青緑色がかった室内、澄んだ青空、真っ暗のなか照らされた夜の街、各シーンの強弱も効いており、特に、夜の中華街のシーンはジョニー・トーの香港ノワールのようなキレのある黒が出ている。


最後、「100MILLIONS(REMIX)」は、以下のフックで〆られる。

イカれた歌を歌い 枝をつたい
1の位 10の位 100の位
さらにFLY 止まってはくれない
例のスピードを超えるくらい
1000の位 10000の位 奥は暗い
超えてくライン 超えてくライン
待ってはくれないタイム

<歌い> <つたい><位><位><位><FLY><くれない><くらい><位><位><暗い><ライン><ライン><くれない><タイム>と実に15回の韻が次々と畳みかけるように踏まれるこのフックは、早撃ち勝負の一騎打ちの如く、次々と目の前の者を撃ち殺していく。なるほど、ラップの際の手の動き、あれは、目の前の者を撃ち殺すための銃であるのかもしれず、警察は撃たれ、我々も撃たれ、舐達麻が通った後にはぺんぺん草も生えないのであった。<完>


※韻拾いはこちらのページがまとまっていて参考になります。


※こちらも面白い。音楽ライターの二木信さん、斎井直史さん、編集者の二宮慶介さん、ブログ「探究HIP HOP」の管理人Genaktionさんの4名による『舐達麻、Moment Joon、KOHH……2019年もっともパンチラインだったリリックは何か?』というテーマの座談会です。


※トラック(Instrumental)はこちら。改めて聴くと、“MOODYMANNのような”という形容があながち間違っていないことがお分かりいただけるかもしれません。GREEN ASSASSIN DOLLARのセンスが抜群に光る、色気満載の名トラック。


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