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【屍人荘の殺人】剣崎比留子は怪物である。

屍人荘の殺人の探偵である剣崎比留子(原作版)の話をします。


このエントリーを書いた時点で私は屍人荘の殺人、魔眼の匣の殺人、前日談の短編小説を読了し、映画版を視聴済みです。ネタバレを控えながら語るつもりですが、配慮が足りない点があるかもしれません。予めお詫びしておきます。


剣崎比留子は、あまりにもできすぎたキャラクターです。
アイドル並みの美少女で、お嬢様で、頭脳明晰。小柄なのに胸は大きい。ファッションはこれでもかと清楚なのでその容姿に自覚的であろうにもかかわらず、胸元から本を取り出すようなおかしな行動をとるし、気を許すと男言葉のような口調でしゃべる。しかし対外的にはちゃんとお嬢様らしく振る舞うこともできる。ミステリーをこよなく愛する主人公からすれば仰ぎ見るべき「名探偵」の称号を持ちながら、なぜか彼に気のあるような素振りを見せる。主人公以外のキャラも、彼女を頭のいい、純粋無垢な美少女だと称賛する。はっきり言ってやりすぎです。
(なお、映画版の浜辺美波さんはこのやりすぎのキャラクターを、ちょっと変な可愛い女の子というラインにきちんと収めて、とてもキュートに演じていらっしゃいました)
しかし、私は彼女を、主人公や男にとって都合のいいあざとい女とはとても思えませんでした。


屍人荘の殺人は、よくできたミステリー小説です。
登場人物をかなり類型的に書いてはありますが(ネーミングもまた、わざとらしいほどにその類型をなぞってつけられている)、きちんと整理され、「おやっ」と感じたセリフやちょっとした行動がのちのち伏線として立ち上がってくる。
トリックも堅実ながら、隠し玉となっているある設定と組み合わさることで、きちんと新鮮な驚きを与えるものになっていたと感じました。

そんななかで、剣崎比留子のリアリティレベルは異彩を放っています。

正確には、この作品の目玉となるある設定と並んで、彼女のキャラクターは異様に「あざとく、つくりものめいている」。
いえ、目玉の設定のようなものなら、今までだって数々の作品でアプローチされてきています。(私はミステリーに詳しくはありませんが、ああいうタイプのルール破りをしている作品には何作か心当たりがあります)
つまるところ、彼女はある意味、この作品で一番の異形で、彼女こそが屍人荘の殺人最大の謎にして怪物なのです。

原作は、彼女宛の報告書からスタートします。この事件が終わり、それについて調査された結果を伝える…という形式です。
報告書には、目をむくような(あるいは、B級映画の好きな人が手を叩いて喜ぶような)フレーズで満ちています。
「〇〇機関」なる謎の組織、「ナチスの行っていた研究」すら扱っていたという噂、「時の〇〇内閣からの強い意向」により解体されたという話

……このくだりだけで本作を読むと決めた人もいるでしょう。
しかしこの報告書で最も突飛なものは、宛先の「剣崎比留子」に他なりません。

剣崎比留子は怪物なのです。

剣崎比留子の特徴に、自分を切り売りして主人公にアプローチをしようとするものがあります。
しかし、彼女はそれの意味するところを恐らく正確に理解していません。
主人公に自分の望むふるまいをさせるため、それとなく誘導したりもします。
露骨な誘導に引っかかったあと、主人公がどう感じるかなんて、全く考えてもいません。
主人公に執着する理由も、彼女の理屈であり、到底共感されるものではありません。

剣崎比留子は人の心を理解しないのです。

彼女が無垢でしおらしく可愛らしく見えるのはたまたまであり、彼女は本質的に自分のことしか考えていません。利己的で、必死で、身勝手な女。
彼女の外見が美しく、生まれに恵まれているのは、そうでなければこの存在が許されないからに他なりません。
彼女が他人を思いやっていたなら、そもそも主人公に声をかけなかったでしょう。

しかし私はそんな剣崎比留子がとても好きです。
彼女は人の心を理解しないにも関わらず、人に手を差し伸べようとします。
自分が異形であることを理解しているから、見当違いな気遣いをして、どうにかわかりあおうとします。
そして、なんとか掴めそうな糸口に固執するあまり、唯一見えているはずの自分自身の気持ちや、取るべき距離を見失います。
本当は異形ではない、年頃の女性らしい面もたくさんあるキャラクターでしょう。その面すら異形としての側面に飲み込まれてしまっている。
私にとって剣崎比留子はそういったキャラクターです。

私は剣崎比留子が好きです。
彼女の浅はかな考えを、幼稚な誘惑を、惹かれながらも拒絶する(しかし拒絶しきることもできない)主人公の葉村くんが好きです。
葉村くんが助手としてコンビを組む(羽目になっている)「神紅(大学)のホームズ」明智さんを交え、「名探偵と助手」の概念をはさんだ関係性の綱引きをするのが大好きです。


続刊である魔眼の匣の殺人では、明確に、「異形である女と、女と関わった人間」のドラマが描かれました。
そこでの剣崎比留子の行動原理は、明らかに屍人荘の殺人の時とは違っていました。
これは成長なのか、異変なのか、それとも破局の前触れなのか。

シリーズは続き、異形の女剣崎比留子とそれと関わってしまった葉村譲の物語は続刊に委ねられています。

私は怪物・剣崎比留子が「名探偵」の概念を手に、この先どう変化してしまうのか。見届けたいと思っています。

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