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街の恋人

街のとある恋人同士が、5ヶ月の交際期間を経て同棲した。
このような短期間で同棲に至った点からも窺えるが、大変仲睦まじく、同棲前は少しの時間さえあれば互いの家に会いにいくような二人であった。
しかし、同棲してから5ヶ月も経つと、次第に会話は減り、諍いが頻繁に起こるようになった。お互いの思いやりは次第に減っていき、互いが相手とは関係のない、例えば自分の仕事の心配事や、学生時代の友人と週末に食事にいくことなどを考えていた。
ちょうどその頃、世間は夏の休暇に差し掛かり、女は1週間故郷の西の街に帰ることとなった。男は女のいない間も何をするでもなくいつも通りに過ごしていた。夢みたいなパーティーの日々が崩れ去ったことを考えることももうやめていた。
女が留守の間一人で過ごしていた男は、部屋の片付けをしていた時、偶然にとある服を見つけた。まだ別々の家で過ごしていた頃に、男が女の部屋で借りていた簡単な部屋着だ。引っ越してきて以来取り出されてこなかったその部屋着はかつての女の部屋の香りを残していた。
匂いは男に思い出させた。借りて読んだくだらないマンガ、寒い日にコートを貸してあげたこと、「まだ今日何もしてない」などと話しながら夕方4時頃に食べた朝食の家系ラーメン。
男はその部屋着を、匂いを残して保存できないか迷ったのち、着た。涙は流さなかったが、手紙を書いた。その内容は、一人で過ごした1週間で旅行に出かけた。美味しいプリンを買ってあるから楽しみにするように、といったものだ。そして旅行の計画を立てた。

男は偶然の匂いによって人生にわずかながら色彩を取り戻した。このように立ち止まり、自分の生活を見つめられるような仕掛けを人生に組み込むことができたら暮らしはもっと穏やかになり、素直な精神を維持できるのではないかと私は思う。ただ、偶然の匂いさえ仕掛けとなるのであれば、人生には同様のスイッチが複雑に仕掛けられているのだろうと思う。見落とさないように今日も立ち止まり、ちょっと考え、また歩く。

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