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韓国の思い出を韓国に行けるその日まで語り続ける【DAY7 2001年冬 雪の江南】

この日のことだけは、はっきりと覚えている。
20年経っても昨日のことのようにはっきり覚えていることなんて、きっとこの先そんなにない。
それぐらい、スペシャルで、エモーショナルな体験だった。

明洞から戻って高級な焼肉を食べた場所は、グランドインターコンチネンタルパルナスの近くだった。地下にあるお店で、Sさんが取引先の韓国人から聞いた店だといった。

階段を上って店を出ると、先に歩いていたSさんが振り返り、
「そうだ、ホテルのバーに行きませんか?」
と言った。
「そこのインターコンチのバーに、ボトルを入れてて」
当時20代の、毎月60時間は残業している激務の彼氏ナシの私にとって「一流ホテルのバーにボトルを入れている」ということの全てが非日常すぎてクラクラした。

Sさんにうながされてバーにはいると、そこはたくさんの西洋人でにぎわっていた。Sさんは私に窓際のテーブル席に座るよう合図して、そのまま一人まっすぐにカウンターを目指した。バーテンダーに英語でなにやら声をかけて、談笑し、戻ってきた。
「僕のボトル、後輩が来て空けちゃったんだって。ひどいよねえ。今新しいボトルを入れてきたから」そういって笑った。
Sさんの会社は世界的な精密機械メーカーで、Sさんは韓国以外にも中国やアメリカを転々とし、年に300日は海外にいるといっていた。

二人で向かい合って座っていると、突然目の前にものすごい美人が現れた。Sさんの腕をとり、親密そうにしゃべり出した。英語で。
私はそれをあいまいな笑顔を浮かべながら見てることしかできなかった。彼女は私を一瞥し、誰なのかと尋ねることもなく去っていった。
「…すごい美人でしたね…」
「彼女、ここで働いてて、何度が話したことがあってね。今日朝ホテルの下で偶然会って、急に腕を組まれてびっくりしたよ。最近来てないじゃない、ってね」
ああ、だから来たのか。私のためじゃなかった。

みじめな気持ちを抱えたまま飲むオールド・パーのロックはとても濃くて、窓越しに見える雪はキラキラと眩しかった。

昼間、明洞で何をしていたかという私の話をにこにこと聞いてくれた。
「そうだ、明日オフになったんだ。一緒に明洞に行こうよ」
「いいですね。ぜひ」
日にちが変わる少し前にバーを出た。
COEXインターコンチネンタルが白くそびえる方に歩き出す。
夜中のソウルはとても寒くて、私はSさんの手をとりたい衝動にかられた。
Sさんはそれを見越したように、私の手をとり、自分のコートのポケットに入れた。
「寒いよね。真冬のソウルは本当に、寒いよ」
そういって見上げた空からキラキラと雪が降り注いで冷たい風が舞い上がらせた。
「よく来たね」
Sさんはそう言って立ち止まって、私を見た。
「はい」
恥ずかしくて、Sさんのポケットから手を抜いて、走り出した。Sさんはわたしを追いかけて、追い抜いた。わたしは道端に積もった雪を丸めて、Sさんの背中に向けて投げた。
「わあ、なにするのー!」
二人ではしゃぎながら歩いた。
ホテルに向かう道にはたくさんの黒旗がなびいていた。
「日本の国旗がない」と私が言うと
「ベトナム戦争に加担しなかったからじゃない?」ともっともらしいことを言った。二人で笑った。

部屋に戻って歩いてきた道を見下ろした。
不思議な感じだった。

その夜は。
二人で手を繋いで寝た。
それだけだった。


写真は2017年の韓国銀行


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