E:D 覚書

着艦。データの受け渡し。報酬。仕事の終わり。自殺用のピルを飲む。睡眠。

 睡眠。

 まずは生前のぼくの意識が<バックアップ>される。次に、夢の代替としての<デフラグ>。そして忘却の代替としての<シュレッド>。

 <デフラグ>でのみ読みだされる意識のヘッダにぼくは彼女の葬列の一人として歩きながらにしてコードを書いて、<シュレッド>されない領域を作り出した。

 かつて意識が一つだったころ、意識は膨大な記憶によってむしろ希薄化されることを防ぐため、忘却するという機能を持っていた。

 現在の形の意識の黎明期、その機能をカットした意識モデルを搭載した富裕層が、相次いで自殺した。何もかもを覚えているということが、自己と記憶の風景をあいまいにして、それに耐えられなかった、というのが当時の監察官の報告だ。

 それで、現在の意識は必ず<シュレッド>の機能を持つことになった。

 同時に、心的外傷を防ぐための機能として、意識に損害を与えうる情報は自動で<シュレッド>するシステムの搭載が義務付けられた。コマンダーが思い悩むという姿を見ることは今ではめったにない。

 ぼくはそんなことはまっぴらごめんで、彼女の記憶によって傷つけられることを選んだから、ブラックマーケットで買った軍用のコーダーから自分の意識に抜け道を流し込んだ。傷つけられるということは跡を残されるということであって、古強者のコマンダーが傷跡を愛でるためにあえて塗装を修復しないことと何が違うのかぼくにはわからなかった、と、ぼくは取調べ中に供述することになる。

覚醒。

 ぼくはこのステーションに来ると、いつも必ず睡眠をとることにしている。

 このステーションのストレージにはそれとわからないように38万個のデータに分割した彼女の生前の記録が保管されていて、意識の<バックアップ>を回収すると、彼女が生きているということをぼくは当然の事実として受け止める。

 それから数週間が経つと、意識が<擦り切れ>る。彼女がもう死んでいるということが当然の事実として襲いかかり、だからぼくは(それがタダ同然の仕事でも)このステーションが目的地の仕事を受け、家に帰り、自殺して生き返る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?