デルタ・グリーン:影絵人形たちの声 【遭遇 #1】

イギリス、ロンドン

[アルバート・コズワースは軍情報部第5課、いわゆるMI5の重要な職員(*1)だ。冷徹な情報機関というイメージにはそぐわないことに、彼のオフィスは有名な探偵の現代版を扱ったドラマに出てくる探偵の自室によく似ている。彼自身はその探偵の助手によく似ているが、ドラマとは違って右足を引きずるようにして歩き、マホガニーの上品な杖をついている。]

ああ、暖炉の上のメモかい? ナイフで留めてある? そう、私はあのドラマが大好きでね。とくに、ヤード(*2)が役立たずなところとか。

[微笑みながらコーヒーメーカーから二杯のコーヒーを注ぎ、部屋の中央、私の座るテーブルまで自ら持ってくる。]

あまり紅茶をたしなまれない土地からの御客人のため……と言いたいところだが、最近じゃ私自身、もっぱらコーヒーでね。こっちの方が頭も冴えるし、だいたい、外国人のテロリスト(*3)に加えていつ何時現れるかわからない異邦の客(訳註:両方ともエイリアン(alien))を相手にしなきゃいけないってのにティータイムなんて取ってられないじゃないか。

―今日はその、異邦の客に初めて遭遇した日のことをお話いただけるとのことでしたが。

ああ、そうそう。そうだった。いやなに、最近じゃ朝食に何を摂ったかも思いだせないことが多くてね。果たしてきちんと思いだせるかどうか……。

[コズワース氏はスコーンをコーヒーに浸し、ウィンクして一口かじる。]

当時、私はアイルランドの担当だった。当時…と言っても2010年代のことだ、車爆弾がぽんぽん飛び出してくるわけじゃない。せいぜい、中東のあの狂ったファンタジーを実現させてた連中に感化された馬鹿どもが聖戦をおっぱじめないか監視するぐらいでね。

―このドキュメンタリー以前の私は……つまり、<大いなる開示>(*4)前の私は、各国の対テロ作戦について追っていました。「監視するぐらい」というのは、いささか事実と異なるようですが?

ふむ。「チャリング・クロスのマクベス」(*5)は?

―存じております。[いくつかの部隊名、作戦名]も。

なるほど。じゃあ、ごまかしは無しだ。そう、私は非公然非合法な部隊の一員として、連合王国を脅かす連中を叩きのめしていた。

[コズワース氏は壁の大きな鏡に目をやる。その後ろに誰かがいることは疑いようもない。]

その日の作戦はロンドンの郊外で……場所は聞かないでくれ。そこでカルトの集団が自分たちを天国まで吹き飛ばそうって計画してるなんてタレ込みがあった家屋だ。それだけなら警察に任せておきゃいいって話なんだけれども、ANFO(*6)を大量に抱えてて、戦争でもできそうな武器庫を持ってるって言われた日にゃあねえ。

で、まあ、警察が包囲なんておっぱじめたらあたり一帯を火の海にするか、ダウンタウンにまで出てきてお洒落な店でミートパテを量産するかなんてことになるって話だ。そこで、ウチの部隊が駆り出されることとなった。

―そこで異邦の客、<外邦者>と遭遇した。

うーむ。というか、奴らの熱狂的なファンに出会った、ってところかな。

カルトの奴らは、郊外とはいえ銃を持って外をパトロールしてりゃ悪魔に操られた警察や集団ストーキングを行ってる闇の組織に見つかるって分かってたみたいでね。全部で6人、部隊全員が家屋に入るのはたやすいことだった。

―そこで遭遇した?

落ち着きたまえ。コース料理は出された順番で楽しむものだよ。

カルトの拠点自体は普通の郊外の一軒家だった。連中、拳銃は常に持ってたみたいなんだが安物のホルスターに突っ込むだけって有様でね。全部で12人だったかな。特に苦労もしなかったよ。問題は地下室があったことだ。設計当時の青写真にはなかったので、近くの業者にでも頼んでたんだろう。タレ込みでは今すぐにでも神の国に向かおうとしてるって話だったから、そこまで調べる時間はなかったもんでね。

私たちは地下に入った。プレッパーだかなんだか、終末戦争に備えてる連中が好きな核シェルターみたいなしっかりした造りだったよ。キッチン、リビング、浴室、それと……食品貯蔵庫。[そこで言葉を区切り、コーヒーを一口含む。]

死体はざっと見たところ、若い女性と子どもが多かったみたいだ。あのクソ野郎ども。乱雑に切り分けられてて、儀式に使うもんかと思ってたんだが、それにしては無造作に床に投げ捨てられてたって感じでね。安全が確保される前の無線での連絡は禁じられてたから、ひとまず私が身許の確認にあたり、残りの5人は別の部屋の捜索に回ることにした。

[コーヒーを2、3口含む。]

死体を調べていくうち、どうも獣の食べかけじゃないのか? というような部位が見つかった。人の肉を食うのが好きな変態の仕業じゃない、正真正銘の獣の食った跡だ。どういうわけかと更に調査していると……死体が、動いた気がしたんだ。

いや、正確には、死体が床に吸い込まれていくような感じだった。肉をかきわけて見てみると、そこには大きな排水溝があった。排水溝の周りには腐りかけの人の皮やら臓器の切れ端やらがこびりついていて……よせばいいのに私は、排水溝を覗こうとしたんだな。まだ下に部屋でもあるんじゃないかって思って。

―そこであなたは……遭遇した。

そう、その通り。血で染まった配水管の中から、無数の目がこちらを観返していた。飛び上がって死体を掻き分け、部屋から出ようとしたところで地下のそこかしこから悲鳴とサプレッサーの銃声が聞こえてきた。振り返ると腐った肉の山が排水溝のあったあたりから出てきていた。私も叫びながら撃った、んだと思う。その辺りから記憶がはっきりしない。

気がつくと私は……倒れていた。核シェルターのリビングの真ん中に。目線の先には仲間の胴体だけが転がっていた。徐々に周囲の音が聞こえるようになってきて、何人かの足音を聞き分けることができた。

―つまりそれが……<デルタ・グリーン>だった?

[私の問いには答えず、話を続ける。] 男たちは普段着の上から特殊部隊の装備を着込んでた。英国人のアクセントで英語を話し、顔は思い思いの方法で隠していた。彼らの一人が私に手を貸して立ち上がらせると、「一緒に行動する」かと聞いてきた。他の選択肢は教えてくれなかったが、手を貸した以外の人間は私の頭に銃を向けていた。それで他の選択肢が何なのかは分かったよ。

―それは……それは、<デルタ・グリーン>の活動として公表されていないのでは? 少なくとも私の記憶では、そうなのですが。

ま、どうせこのインタビューが出版されるころには公表されてるさ。あの<アンクル・サムの大いなるお漏らし>(*7)のおかげで、ウチにも同じような組織があるんだろ、って追及が激しくてねえ。もう隠しきれないときた。いや、実際のところ、あるんだけど。(*8)

―その、今のは……。

ああ、どうせ公表されるから。もっとも、公表前にこのことがどこかに掲載された場合には……まあ、君をお茶会に誘ってくる紳士たちが現れると思ってくれたまえ。これから私が話す<デルタ・グリーン>に関するエピソードについても、公表までは控えるように。

―いえ、その、あなたのお話では、あなたの所属しているのは、<デルタ・グリーン>ではなく……

私が<デルタ・グリーン>だなんて、誰が言ったのかな?

(*1 アルバート・コズワースは仮名。彼の所属と肩書は最後まで明かされなかった。)
(*2 長さの単位ではなく、ロンドン警視庁の愛称「スコットランド・ヤード」のこと。)
(*3 現在のイギリスは外国籍の人間よりも自国人によるテロ活動に悩まされている。原稿執筆時の一年間において、自国人によるテロ事件は外国籍の人間によるそれの4倍の件数を数えている。)
(*4 ご存じのように、<デルタ・グリーン>の存在が公表されたことを指す。それ以降の<外邦者>の存在と公式な交戦記録の開示も含むこともある。)
(*5 ロンドン市街で生物兵器を起爆しようとしていたテロリストのグループを詳細不明の特殊部隊が殺害したとされる作戦。イギリス政府による非公然の作戦を扱ったガーディアンの特集「夜の暗い使者たち」(訳注:Night's Black Agents。『マクベス』第三幕第二場からの引用)にちなみ、一部の関係者がこう呼んでいる。イギリス政府はこの作戦と部隊の存在を現在も公式には認めていない。)
(*6 アンホ爆薬。砕石などに広く用いられる一方、IEDなどにも用いられることで有名。)
(*7 比較的上品なヴァージョンの<大いなる開示>の蔑称。実際にはコズワース氏はより露骨な卑語を含むヴァージョンを用いていたが、筆者の責任で改変している。)
(*8 イギリス版<デルタ・グリーン>、PISCESのこと。インタビューの数ヶ月後、<ウィンザー開示>で存在が公表された。<デルタ・グリーン>とは共闘関係にあったことも明かされている。)

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