デルタ・グリーン:影絵人形たちの声 【前書きにかえて】

アメリカ合衆国、ワシントンD.C.

[ハードロックカフェ、勤務先の巨大なビルが見える窓際の席に座る彼はアトミック・バーガーにかぶりついている。]

うまいだろ。

―ええ。

昼はいつもこれでね。なにせ、未だに書類仕事が終わらないもんでぜんぜんオフィスから抜け出せない。

―オフィスというのは、その、括弧のつく「オフィス」でしょうか?

[笑] なんだ、あんたも「オペラの夜」だかなんだか、俺たちの使ってたばかげた隠語を好んで使うクチかい? いいや、前職というか、まあ引継ぎ前なんで正確には本職なんだが、ともかく後始末が続いてるんだ。一応、連邦捜査官として不法侵入したり射殺したりしたことになってるからね。今となっちゃお咎めはないんだが、ボスの言い方だと、「お前のクソをぬぐう紙を用意してから出ていけ」ってことでさ。

―なるほど。

あと、「オフィス」なんて言葉はあのなんていったか、俺たちを妙にカッコよく描いてたあのジャーナリスト(*1)の妄想でね。そんな言葉は使ってなかった。まあ、<プログラム>(*2)だった連中はどうだか知らないけど。

[フライド・ポテトをつまむ。]

それで、俺たちの、<デルタ・グリーン>の真実について取材しているんだって?

―ええ。あなた達の存在は公表され、いくつかの文書は機密を解除され、公聴会が何度も開かれましたが、どうしてもあなた達の本当の姿というか、あの当時なにが起こっていたのか、というのが見えてこない。世界を救い続けていたあなた達のことは知られるべきだし、公的な報告書だけでなく、生の声が必要だと思ったんです。

生の声、本当の姿、ねえ。まず分かっておいてほしいのは、あの当時の俺たちは正気の崖っぷちにいたし、誰も彼もが敵かもしれないって思い込みに四六時中襲われてた、ってことだ。俺たち自身が俺たちの垂れ流してるクソの姿を正しく認識していたか怪しい。今だって、明らかに事実に反するのに、実際に体験した記憶がある、みたいな出来事をしょっちゅう思いだす。

―公表後の精神鑑定とカウンセリングでは、心的外傷を除けば問題なしだったのでは。

確かに、マンハッタンの地下で生ける屍に銃弾をぶち込んで回った(*3)とか、ヴァージニアで追ってたカルトは全身の血を蒸発させて集団自殺した(*4)とか、そんな記憶がまったく正気の精神が抱く偽りない真実の記憶だ、なんてことになってる。いや、しかし、真実なのかね? それが真実なら、今あんたの目の前にいる男は既に人格を乗っ取られていて、今この瞬間に銃を乱射して、17人を殺して死体をファックすれば創造主の御許に昇ることができるって叫んでいてもおかしくはないんじゃないか。[彼の眼はこちらを見据えている。右手の中ではフライド・ポテトが握りつぶされ、白い破片がテーブルにこぼれおちている。]

―それは……

冗談だよ。大丈夫。俺たちは切り抜けた。少なくとも銃を乱射する前に自分の頭をぶち抜く位にはこちら側に踏みとどまってる。あんたは今のこの話を「ああ、頭のおかしくなったスパイが、居場所がほしくて、闇の戦争を頭の中で創ってるんだな」って顔で聞かなかった。合格だよ。

[隣のカウンターのカップルと彼の背後のスーツ姿の集団が食事の手を止め、こちらに目を向け、すぐに食事に戻る。]

一応ね。未だにいるんだよ、ある日突然姿を消すエージェントが。(*5)声と姿を奪われるやつが。あんたは、これから、大勢の俺たちにインタビューをするんだろう?

―そのつもりです。

だったら、俺たちの声を、俺たちの証言をしっかりと後世に残してほしい。俺たちが語るのは、俺たち自身の闘いというよりは、あいつらの事が多いだろうから。声と姿を奪われた、あいつらが忘れられないように語ることになるだろうから。

(*1 ギンズバーグ氏。筆者の引用は不正確で、「オフィス」は<デルタ・グリーン>を追跡していた陰謀論者のグループが使用していたブラックサイトの隠語。)
(*2 公表前、<デルタ・グリーン>は2グループ存在していた。政府機関の中で秘匿されながらも最重要機密として組織化された<プログラム>と、その動きに反発して独自の活動を続けた<アウトロー>である。)
(*3 「ウィンター・ヴィジット」作戦のこと。)
(*4 「セーヴァー・オブ・プレーンズ」事件のこと。)
(*5 「非公式な」発表によると、公表後の1年間で15人のエージェントが失踪している。現在に至るまで消息は不明。ただし、とあるセルについてはムンバイでの目撃証言がある。)

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