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文芸部誌『虐睨11号』(2023年)

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世田谷学園文芸部の部誌『虐睨11号』です。文化祭で配布した冊子のWeb版になります。
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記事一覧

シツケテアソバセ【短編小説】

 カラスの鳴く刻。黄昏。公園のうっすら橙色に染まった長椅子にも、酒につぶれた不良品が一人。口からは世間の悪口。自分を律する言葉なんて寸分も出てこない。  地元の子供たちが遊んでいる。ただただ、自分にもこんないたいけな頃があったのか、と埃にまみれた記憶を漁る。思い出すほど、今の自分の醜さが際立った。そんなことを思いながらまた、右手の缶は口元に向かう。やるせない。 「君も一緒に遊ぼうよ。」子供たちの会話に、耳を傾けてしまう。 「…」 「ほら、こっちこっち。」孤立していた子もみるみ

芯物花火【短編小説】

「なんで浴衣着ないの?」 「だって男で着てる奴いないし。」 「二〇〇円になります!」 「やべーよ、暗くて全然小銭見えねー…」  小さな街の、小さな夏祭り。数時間後に上がる小さな打ち上げ花火を楽しみにしながら、人々は屋台に並ぶ。  バカだな。夏祭りで浮かれる人々を尻目に、俺は今日も利益を上げる。一番の稼ぎ時なのだ。普通は心を躍らせるであろう屋台のカラフルなフォントも、俺にはただ軽薄なものにしか見えない。  ふと男と肩がぶつかった。相手はひどく焦っているようだった。おそらく同

勘違い24時【ショートコント】

男歩いてる 男:うわ、警察いるじゃん。目つけられないといいなあ 警察:ごめーんっちょっとお話しきかせてもらっていいかな? 男:え?いやなんもしてないっすよ 警察:いやねえ皆そういうんだよまあすぐ終わるから。まず名前は? 男:内力黒夜です 警察:へえおっけーうっちー 男:初手距離近いね 警察:えっと内なる力に黒い夜だね 男:そう考えると親厨二病っだったんかな 警察:今日は何しにこんな暗くがやがやしたところに? 男:まあゲーセンですからね。普通にゲームしにきただけっすけど。 警察

言葉遊び【ショートコント】

(Bは椅子に座ってる。放課後の教室的な。携帯をいじってる) A:おお!奇遇!(Bの横に座る) B:お、おお(さりげなく携帯をポッケに戻す) B:いやあ、暇だね。 A:そうだ!マジナやろうぜ! B:何かを略したことだけは分かる。 A:二つの単語を組み合わせたんだよ! B:え〜っと、マジ……ジナ……。あ!マジックと手品か! A:いやマジカルバナナ。(真顔) B:無理あるだろ、バナナ、ナしか入ってないじゃん。連想ゲームのことね。 A:マジカルバナナ!(本家のリズムで) B:急すぎね

星花火【短編小説】

 今日は新技術を駆使した史上初の星花火大会だ。二酸化炭素排出量を少なくするために花火が禁止されてしまい、それに代わり発明された物が星花火である。 「これから星花火の解説を始めます」 女の人の声のような音がスピーカーから聞こえてくる。 「星花火は磁気を発している星を地球から強力な電磁石で引きつけ、動かすことでの花火のような華やかさを再現します。」 最近の技術の発展への驚きでぽかん、としていると 「それでは星花火大会スタートです!」 という声が聞こえてきて慌ててスマホのカメラを起

猫【エッセイ】

 最近、道端で黒猫を見て思い出したことがある。そこまで重要な記憶ではない。多分、走馬灯では走らないし、なんなら、推しのライブをリアタイできた、なんて記憶に負けてしまうかもしれない。でも、大切な記憶の一つではある。  僕が、確か小四か小五くらいの時の話だ。確かまだ忌々しいコロナが爆誕する前だったと思う。  前提条件として、僕の家はマンションだ。流石に家バレはまだしないと信じる。僕の部屋は間取り的に隣の部屋が少しだけ見えるようになっている。まあ本当に少しだから特に何か見えるわけで

謎【エッセイ】

 足を止めた。夜9時、まだ少し肌寒い季節。とある謎を見つけた。渋谷のネオンの明るさがちょうど入らないビルとビルの間の暗闇。一瞬目を疑った。なんだあれはと。その時はものすごく疲れていたため、幻が見えたのだと思ったのだ。  うん? さっきから何を見つけたんだって? 謎とは何か? その言葉の通りだよ。僕が見たのは暗がりの中の青いトラック。その車体には『謎』の一文字。その時駅を目指し、僕は橋の上。いや、大きな大きな歩道橋に続くスロープを登っていた。だから、確かめようにも行くことができ

夏祭り【短編小説】

 もうこんな時期ですか。 殺し屋テラフは夏が嫌いでした。小さなころから人を不幸にする技を叩き込まれてきたので自分や人を幸せにするなんてことは考えたこともありませんでした。  夏といえば祭り、花火大会、花見とかみんなが盛り上がるイベントがあります。ですがそんなイベントに行ってなんの得になるのだろう。そう思っていました。 ある時テラルは仕事のためにターゲットのいる町の祭りに向かうことになりました。その町のお祭りは神社の境内で毎年開催されるもので結構な人で盛り上がるそうです。祭り当

ワン【短編小説】

「わん!」 うちの飼い犬ワンは散歩がなによりも気に入っている。 これでも昔はワンがこんなに元気に散歩できるようになるなんて考えられなかったらしい。 「よし、準備できた。行こうか」 うちの散歩の道には小さな丘がある公園がある。公園はワンにとって最も動きやすい場所なのだろう。 「行ってこーい」 僕はワンのリードを放すとワンは一目散に丘へ向かって走って行った。  丘の麓のベンチに座ってワンを眺めていると、ベンチの隣に飼い犬を連れた小林さんが座っていた。 「今日もワンさんは丘で走って

リレー小説バトル

かがみあわせ【中学三年チーム】第一走者:井上大志  鏡の中には弟がいた。弟がよく好んで履いていた灰色のチノパン、赤色のダサいチェックシャツ。そして、縁の無い伊達メガネ。俺と弟は瓜二つなのだ。双子、それも一卵性の双子なのだから当たり前だろう。  俺は満足して弟のクローゼットを閉め、彼が普段使っているだろう椅子に座った。胸の中で不定形の冷たい物体がざわざわ動いていると錯覚させるほど強い緊張を、鎮めるために俺は机の上の物を調べ始めた。辞書や輪ゴムで留められた写真の束、それらに付