X線に対する物質の屈折率は1より小さい
真空の屈折率は1です.例えば,ダイヤモンドの屈折率は2.42で,物質の屈折率は,波長589.3 nm(振動数5×10^14Hz)の光(ナトリウムD線589.0nmと589.6nmの平均値)で測定するのが慣例です.屈折率nの物質に入ると光の位相速度は真空中の光速の1/nで伝播します.屈折率が1より小さいならば真空中の光速より速くなると心配する必要はありません.ここでいう光速は位相速度のことです.物質(ダイヤモンドでも)の屈折率は,X線領域では,1よりわずかに小さくn=1-δ,δ~10^{-6}になります.何故でしょうか?
■X線,可視光,電波などは,電磁波(振動電場)の仲間です.可視光に比べてX線の周波数は10^4倍も大きく,30keVのX線の周波数は10^19Hzです.
ダイヤモンドに限らず,物質は原子が集まって構成されており,物質が振動電場に置かれると,物質中に種々の振動する双極子が生じ,これらが物質の置かれた振動電場と同じ周波数で振動し,同じ周波数の電磁波を放射します.これが物質による電磁波の散乱現象です.
物質中に生じる分子分極やイオン分極による双極子の固有振動は赤外や可視光の領域にあります.これらの種々の分極は赤外や可視光領域の誘電率(振動電場に対する応答)に寄与しますが,振動電場の周波数が高くなると,これらの振動は追従できずに次々に落ちていきます.特に,X線の周波数域になると,原子内に束縛されている電子の振動による「電子分極」だけが追従できます.
さて,電子分極だけに注目しましょう.原子内のいろいろな軌道に束縛された電子の固有振動数は10^15Hz程度(この振動数の付近では共鳴が起こります)です.
以下の式を見ると,(1)電子の固有振動数よりはるかに小さい周波数の可視光の領域では,屈折率は1よりわずかに大きく,(2)束縛電子の固有振動数より遥かに大きい周波数のX線領域では屈折率は1よりわずかに小さいことがわかります.
結局,電子分極だけが振動に追従できるX線領域での物質の屈折率nは,1よりごくわずか小さいことになります.
■応用
X線に対する物質の屈折率は1より小さいので,空気中(≒真空中)から,物質表面へ臨界角以内ですれすれに入射するX線ビームは,表面で全反射します.X線を曲げるレンズの光学系は作れませんが,全反射を使うと,適当な形状のミラーを組み合わせてX線ビームを集光させる光学系を作ったり,光ファイバーのようなX線導波路を作ったりすることが可能になります.
全反射するX線は,スキンデプスと呼ばれる物質の極表面しか侵入しませんから,極表面の分析に利用できます.
物質の深さ方向に種々の屈折率層の積層モデルを作り,フレネル反射率をシミュレーションできます.これは,種々の入射角で反射率の測定を行い,物質表面の深さ方向の情報を得る反射率測定実験で利用されています.
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