感染症の数理モデル
数学と社会の架け橋=数学月間(7/22~8/22)の初日は,毎年講演会を実施していますが,今年は集会でなくZOOMを用いたリモート講演を期間中に4回実施します.7月29日の講演は,「感染症の数理モデル,稲葉寿」でした.講演ビデオは,youtubeチャンネルにアップしていますので,詳しく数式を勉強したい方はそちらをご覧ください.このnote記事では,ちょっと無謀かもしれませんが,私が簡潔な解説を試みます.数学月間の期間の最終日のZOOM講演は,「X線や中性子で見る表面・界面,桜井健次」です.無料でどなたも参加できますので,数学月間の会ホームページでオンライン参加登録をお願いします.
■感染症の流行の歴史
(1)1918年のパンデミックインフルエンザ(スペイン風邪)は4000万以上の死者,日本でも40万程度の死者と言われる.
(2)2015年のHIV感染者は3670万人,新規感染者210万人,エイズによる死者110万人.
(3)マラリアは,全世界で年間に3億~5億人の患者,150万人~270万人の死者(90%はアフリカ熱帯地方).
(4)新興感染症(SARS,BSE(vCJD),高病原性鳥インフルエンザ, Ebolaなど),再興感染症(結核,性的感染症,薬剤耐性の進化etc.)などによって,感染症撲滅に関する1980年代までの楽観論は消滅した.
人口増加,都市集中,環境破壊などによって,感染症流行リスクはますます増大している.COVID-19は予断をゆるさない状況です.
■感染症の数理モデルは,SIRモデルが基本です.これは,ケルマックとマッケンドリック(1927)に提唱したものです.全人口をS(感染感受性のある集団),I(感染者集団), R(免疫のできた回復者)の3つのグループに分け,それらのグループ間の相互作用(遷移)を数式で記述し数理モデルができます.
介入(ワクチン接種,隔離,接触制限,ロックダウンなど)を行うことで,感染性人口を絶滅させる(感染源にならないようにする)ことが対策です.
もう少し進んだ数理モデルは,SEIRモデルで,E(潜伏期間にある感染者集団)が加わったモデルです.特にCOVID-19は,Eグループのものが感染源になることや,免疫のできた回復者の免疫が消えることなどがわかり始めており,一筋縄では行かないモデリングになりまだ研究中です.
■基本再生産数R0(R-naught)
感染感受性のある集団に居る一人の感染者が,その全感染期間に再生産する(感染させる)2次感染者の数を基本再生産数R0と定義します.
1次感染者数,2次感染者数,3次感染者数が,等比級数で増加するときの公比がR0ですが,患者数と感染感受性のある人(未感染者)との接触回数の積に比例するので,環境状況でR0は変化します.
結局,R0>1であれば感染者人口の成長率は正になり,流行は拡大していくが,R0<1であれば感染者人口の成長率は負であって流行は自然に消滅する.何らかの方法で,R0<1とすることが対策になります.
■多状態のSEIRモデル
集団に2つの状態(学童とそれ例外など)がある場合は,それぞれにSEIRモデルを作り,さらに状態間の相互作用を考える複雑なモデルになります.
現実に近い多状態SEIRモデルを作り,R0を計算することが必要になります.そして,どのような介入(例えば,ワクチン)をすれば,R0が下げられるか検討します.
もし,再感染を許容するモデルならば,新規(Sからの)の感染率に対する,回復者(Rからの)の再感染の比をσとすると,σR0<1なら収束します.
これまでの常識では,免疫性を得ると再感染はしないということで,これを前提にしていたが,COVID-19に関しては,再感染をしないような免疫性が確率できるかどうかわかっていない.逆に,免疫抗体が数か月で減衰するという報告が中国やスペインからなされている状況です.もし,免疫性が獲得できないのであればワクチン自体が成立しないことになります.
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