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PCR検査は何のために

(要旨)◆PCR検査の感度と特異度は,遥かに1に近い確率でした.偽陰性や偽陽性を理由に検査数をコントロールする理由は成り立ちません.検査を拡大し有病者を発見し早期隔離しましょう(感染から5日目頃が最もウイルスを放出し,有病者の半減期は10日位です).◆日本の陽性率は7%と計算できますが,最近の変動の勾配(末尾に掲載)から見ると10%を越えたように見えます.このグラフがそのように見えるのは,検査数を抑制しているために陽性者数のオーバーフローが起きている証拠かもしれません.

COVID-19パンデミックは,実効再生産数を1より低下させると鎮まります.この対策は,次の3つの数値を下げることです;

①感染者が感染力を持つ期間,
②感染者が接触する人数,
③感染者との接触で感染する確率.

そして,それぞれに対する施策は以下のようです;
①感染者を早期に発見し隔離する.このためにPCR検査の拡充が必要.
②効果的なロックダウンの期間,地域,方法を,シミュレーションで予測し戦略的に介入する.
③ワクチン接種で,感染感受性のある人の割合を減らす.

COVID-19に感染すると,次のような経過になります.
感染(陽性)→潜伏無症状期→発症期(無症状もありうる)→回復(陰性)or死亡
陽性の期間[潜伏無症状期+発症期(無症状もありうる)]は,「罹患者」が感染源となる有病状態なので「有病罹患」と呼ぶことにします.感染源となる「有病罹患」(症状の有無にかかわらず)を早く発見し隔離する必要があります.
有病罹患者の発見はPCR検査でなされます.検査の目的は蔓延率の推定だけではなく,感染源となる有病罹患者をできるだけ早期に探し出し隔離するという緊急な役割があります.検査対象を限定し,検査の陽性的中率を上げることが検査の目的になってはいけません.
実世界の現象は,多数の原因と結果が複雑に絡んだ因果関係をなし,数学(統計)で論理的に推論するのは,その一部を切り取った世界です.その範囲で得た数学(統計)的推論の結果を,系全体の中で解釈できる論理的な思考が必要です.
正しい数学(統計)推論で得られた結果でも,複雑な全体系で非論理的に利用されるとしたら,社会を誤った方向へ導く主張に,数学が加担してしまうことになります.PCR検査の規模拡大は有病率の低い集団ではすべきではないというのは正しい主張ではありますが,その主張の根底にあるPCR検査の性能から見直し,これを論理的に考察してみましょう.

■有病率の定義の考察
日本感染症学会の定義によると,有病率とは,「その疾患をもっている人数の全人口に対する割合」ですが,日々発表される厚労省の新規陽性者数と検査数のデータから,日本の有病率を計算できるように,有病率 x_{0} の解釈を次のようにします.
(定義) 有病率 = 有病罹患数/累積PCR検査数
   有病罹患数=累積検査陽性者数-累積回復退院者数-累積死亡者数
これにより,日時( T =5月15日 )の日本の有病率を求めると x_{0}=0.58 %になります.
ここでは,陽性者 = 罹患者と見なしています.
この検査集団の陽性率 (T ) と罹患率 T は,7日平均(8~15日)を用いて,
陽性率 (T)=陽性者(T)/検査数(T)=6288/92167=0.068 ,
罹患率(*) (T)=陽性者(T )/累積検査数(T )=6288/13015244=0.0005

有病率定義

中略-----
有病率を,病気減衰関数を用いて定義する方法についての議論の詳細は,長くなるのでここでは省略します.かいつまみ知見を述べると;
病気の感染初日を推定するのは大変難しいのです.PCR検査で見つかった日が感染日という訳ではないでしょう.感染から5日目あたりが,感染者が最も多くウイルスを放出するので,その頃が最も発見され易いのではないかと思います.
病気減衰関数の半減期は約10日ですので,次のように近似できます:
有病罹患数 (T)=10×罹患数(T ) .この集団の累積検査数で規格化すると,
有病率(T)=10×罹患率(T ) が得られます.-----

■PCR検査の感度と特異度
PCR検査の感度 a とは,罹患者をPCR検査で陽性( + )と正しく判定する確率のことで,真の罹患者でもPCR検査が陰性( - )(偽陰性)と判定される確率は 1-a 程度あります.検査の特異度 b とは,非罹患者を正しく陰性( - )と判定する確率のことで,非罹患者を陽性( + )(疑陽性)と判定す
る確率は 1-b 程度です.

pcr検査の感度と特異度


確率 a , b は1に近いほど,優秀な検査になります.従来の議論に用いられてきたこれらの数値は, a=0.70, b =0.99 ですが,昨年の英国ONSによる大規模調査(付録3.)で判明した数値は, a=0.95(0.85~0.98) , b=0.9992 です.
低い有病率の集団でPCR検査対象を拡大すると,莫大な偽陽性が出て医療崩壊につながるので,有症状者や濃厚接触者に限定して検査を行っているとの主張がありますが,英国ONS調査の感度と特異度を採用すると,この主張の根拠が覆えることを検証します.

pcr検査の感度と特異度ベイズ

ベイズ推定による真陽性,偽陽性,偽陰性の内訳の計算部分は,ここでは煩雑になるので省略し,結果のグラフのみ示します.

pcr検査の感度と特異度グラフ

PCR検査が + 判定であるときに,真陽性の確率 p(罹患|+) と,偽陽性の確率 p(非罹患|+) を比較すると,従来用いられている感度,特異度では,偽陽性確率が真陽性確率の 2.3 倍もありますが,英国ONSの数値では,逆に1/10になり,医療崩壊を懸念する根拠にはなりません.
いずれにしろ,陽性確定までにPCR検査は2度行われ,さらに,抗原検査の併用もありますから,偽陽性の誤判定リスクは回避可能です.積極的にPCR検査の対象を拡大し,感染源となる無症状の罹患者を拾い出し早期隔離する道を閉ざすべきではありません.
次に,真陽性の確率 p(罹患|+) と偽陰性の確率 p(罹患|-) を比較すると,
(1)では, 1:0.003 ,(2)では, 1:0.007 で偽陰性は小さい確率です.これを人数で比較するには,陽性率 y=0.07 ,陰性率 1-y=0.93 を,それぞれ, p (罹患|+) と p(罹患|-)に乗じます.
(1)では, 真陽性人数:偽陰性人数=1:0.04 ,
(2)では, 真陽性人数:偽陰性人数=1:9
この集団の陽性率は 7 %と低いので,陰性集団が大多数で,偽陰性の確率が小さくても偽陰性者数は多いとの主張もあります.確かに,従来の数値(2)を用いると,真陽性者の9倍もの偽陰性者がいます.しかし,数値(1)を用いると,偽陰性者の数は1/100で,PCR検査対象を拡大しない
理由にはなりません.検査を拡大すれば,拾い出せる陽性者は検査数に比例して確実に増加します.

■PCR検査数は十分か
ここに引用した2つの図は,1日の 10^6 人あたりの(横軸)検査陽性数:(縦軸)検査数の散布図で,日本(上)と英国(下)の例です.英国の散布図スケールは日本のものより縦軸で25倍,横軸で16倍大きいのでご注意ください.散布図パターンを比較すると特徴的な違いがあります.時間経過とともに,右横あるいは右下がりに伸びる部分では,検査数が足りず陽性者の増加傾向を頭打ちにしている可能性があり,縦に伸びる部分では,陽性者を拾い出す十分な検査が行われているようです.英国の例を見ると,始めは,陽性者が多く検査数が間に合わないほどでしたが,現在みられる検査数を増しても陽性者が一定となる状態は,十分な検査数が確保されている証拠です.
日本の例で,検査数と陽性者数の増減の比例が見られる傾向は,検査数を増やせば,陽性者数も増加する可能性があります.
これらの図は,2020.1.25~2021.5.25の期間のもので,赤細線は,日本の図では,陽性率5%と10%の勾配,英国の図では,0.5%と20%の勾配を示しています.以下のグラフは,https://ourworldindata.org/coronavirus-testingから引用しました.

英国と日本

portest数

(追加)日本の陽性率は7%と計算できますが,最近の変動の勾配(追加した最後のグラフ)から見ると10%を越えたように見えます.このグラフがそのように見えるのは,検査数を抑制しているために陽性者数のオーバーフローが起きた証拠かもしれません.

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