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『さよなら絵梨』は令和の『人間蒸発』

本日よりジャンプ+にて公開された『さよなら絵梨』。
オタクたちはこぞって公開直後に読み、0:30頃にはSNSに感想や「○○は○○の引用だ!」なんてパラノイアじみた言葉が連なっていた。

タイトルや内容からして、『ぼくのエリ 200歳の少女』を意識していることは自明だが、そうした直接的な「○○は○○の引用」については詳しい人がたくさんいると思うので僕は言及しません。

本作、端的におもしろかった。痛快で、キャラクターの言葉に共感できる部分もあり、ラストも「やったぜ!!!!」と思った。
しかしながら、個人的に最もアツかったのが以下のシーンから始まる、冒頭部分、主人公の母が死ぬまでの映像の真実について明らかになるパートだ。

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藤本タツキ『さよなら絵梨』より引用

『さよなら絵梨』については全員読んでいる前提で続けますが、父から語られる母の最期を通して、我々読者には冒頭で描かれた母の姿が意図的に美化されたものであることが判明する。

本作ではドキュメンタリー映画を制作する主人公の姿が描かれるが、同時にドキュメンタリー作品が持つフェイクの要素も提示する構成になっている。
そもそも、「爆発」要素の時点で母の死についての映画は、ドキュメンタリーに近いフェイクドキュメンタリーとして制作されているが、劇中で「ひとつまみのファンタジー」と言及されている要素以外にも、編集が加わることでファンタジーと化す人のあり様が描かれる。
それが最も端的に突きつけられるのが、前述の父の語りのシーンであり、その後も絵梨の友人が絵梨について話すシーンが同様の役割を持っている。

当該シーンを読んだ時には『人間蒸発』のラストシーンで受けた衝撃を改めて食らったように感じた。
『人間蒸発』は1967年に制作されたフェイクドキュメンタリー作品で、あらすじは以下の通りだ。

〈『人間蒸発』あらすじ〉
日本を代表する巨匠今村昌平が、前代未聞の記録映画に挑戦した!行方不明になった“大島裁”を探す彼の婚約者の早川佳江に協力し、彼の行方を追う模様そのものを映像化したのである。”ネズミ”の愛称をもつ佳江に同行したのは俳優の露口茂。二人は7ヶ月に渡って、大島のかつての恋人や友人達に次々とインタビューを行い、大島の行方を追ってゆく。追跡が進み、大島の真の姿が明らかになるにつれ、二人は思いがけない情報を入手する。実は佳江の実姉のサヨと大島が密会していたというのである。早速二人はサヨを問い詰めるのだが・・・。

失踪者を探す過程でそれを取り巻く人間関係の真実が浮き彫りになり、狂った人間の姿が映し出されるといった映画だが、本作最大のギミックはラストシーンであり、それまであくまでもドキュメンタリー作品として進行していたにも関わらず、カメラが引いて行くと登場人物の実際の部屋として撮影されていたものが撮影所のセットだと判明し、監督が登場し「本作はフィクションだ」といった旨の内容を話すというものである。

未だに根強い「ドキュメンタリー=ノンフィクション」の思想を正面からぶっ飛ばすような内容なのだが、同様の作品は他にも存在しており、例えば2006年制作のTV番組『森達也の「ドキュメンタリーは嘘をつく」』でもタイトル通りドキュメンタリー作品のフィクション性について切り込んでいる。

僕はドキュメンタリー作品が好きでよく鑑賞する。しかし、意図的な編集や演出で印象誘導が行われている作品も多く(そうした作品が嫌いなわけではありません)、「ドキュメンタリー=フィクション」の構えで観ないと本質を掴めない作品が多くあると考えている。わかりやすい例としてはマイケルムーアなんかは突撃取材で相手がポロっとこぼしたような発言を拡大して取り上げるような手法を多用している。

ホンモノの素材を使っているという意味ではニュースや雑誌の報道と同じと言えるドキュメンタリー作品だが、未だに「ドキュメンタリー=ノンフィクション」だと認識している方が多いように思う。あまりにピュアで恐ろしさすら感じる。報道に対してはリテラシーを持っている人でもドキュメンタリー作品は真実だと信じて疑わない人がたまにいる。どんな判断だ。怖ー。
故に、ドキュメンタリーの嘘を暴く作品が痛快に思えて惹かれるのだろう。

今回、『さよなら絵梨』もそうした内容を含む作品で、全く予想外のところから大好物が提供されたので普通にテンションが上がってしまった。
主人公の母や絵梨は美化された姿で映像に残り、それは意図的な編集が行われているが、それは悪いことではなく、意図的な編集を理解しているふたりが主人公に感謝する点も非常に美しさを感じた。
ドキュメンタリーというジャンルの面白さを凝縮したようなシーンだったと思う。
ドキュメンタリー作品はリアルに近いファンタジーとしての面白さ、美しさもある。だからこそ、観客は中立の立場でフラットな判断を行うことでそうした美しさにより深く触れられるのだと思う。

その他、『さよなら絵梨』で描いていることやメッセージについては僕もこれから色んな人の感想を見て「ほえ〜」と考えようと思います。

爆発、最高。

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