異世界戦争第2話「早苗の養成学校ライフ」

 春、アメリカテキサス州にある国連軍士官養成学校。

 

 そこで、第39期生の入学式が行われていた。

 

「諸君! 日本でおきたブラッディ・イヴを知っている者は少なからずいるはずだ!」

 

 校長が厳しくも高らかに叫ぶ。

 

「君たちはこれから2年間のカリキュラムと経験を積み、帝国を名乗るテロリストたちと戦うことになる! 君たちが最後の希望となるやもしれぬから、心して勉学と教練に励み給え!」

 

「「「はい!」」」

 

 39期生たちが一斉に返礼した。

 

 早苗もその中に含まれていた。

 

「では、これより3時間後に座学教練を行う! 各自、自分の部屋番号を確認し、速やかに荷を解くように!」

 

 第39期生たちがそれぞれの部屋へと向かう。

 

「えーと、私が学ぶのは機甲科だから、ここから南に20m離れたところに寮があるのね」

 

 国連軍士官養成学校は全寮制の教育機関。

 

 機甲科、普通科、特殊科の3科目でそれぞれに合わせたカリキュラムを学び、2年間の期間を終えれば無事に正式入隊、少尉からのスタートとなる。

 

「たしか、少しでも違反を見せたら即退学だから、ここで落ちるわけには行かない」

 

 戦うためにここで学びに来たのだ。

 

 そう安安と退学するわけには行かない。

 

「部屋番号209番、ここだね」

 

 寮へとたどり着き、扉を開く。

 

「お、来たな!」

 

「お前でラス1か!」

 

 其処には、男女4人くつろいでいた。

 

「この養成学校では、一部屋5人が1分隊で行動するのが習わしよ」

 

「そうだぜ。 これで分隊らしくなったな」

 

 早苗が最後の一人になったと気づき、少し安堵した。

 

「よろしくお願いします!」

 

 お辞儀をする。

 

「自己紹介をしようか。 俺はアレックス・ランバルド。 父親は炭鉱夫で、母は有名パティシエだ」

 

 金髪白人の青年、アレックスはそう名乗った。

 

「私は王飛蘭ワン・フェイラン。 父が国連軍の将校だったから、親のコネってやつよ」

 

 整った三つ編みの女性、フェイランがくるりと回ってお辞儀をした。

 

「僕はロベルト・マーケン。 ドイツの理工学校卒業のエンジニア系なんだ」

 

 ぽっちゃり体型の少年、ロベルトがチョコバーをかじりながら挨拶した。

 

「私は早見早苗。 知っての通りブラッディ・イヴの遺児で、DAの操縦経験はあるのです」

 

 早苗は、アレックスたちに挨拶をした。

 

「あぁ、君の話は聞いたよ。 辛かったわね」

 

 フェイランは早苗を優しく抱きしめた。

 

「でも、貴方は一人ぼっちじゃないの。 これから一緒に頑張る仲間たちがいるの」

 

「そうだよ。 卒業すればバラバラだけど、」

 

「俺達は今日から仲間だ!」

 

「そうだぜ、あ、僕のことはウェイブって呼んでくれ。 本名はウェイビット・ルースって言うんだ」

 

 浅黒い肌の男性、ウェイブが慌てて自己紹介した。

 

「それじゃぁ、この部屋について案内するぜ」

 

 アレックスは早苗を案内し始めた。

 

「まず、この部屋は俺達5人で寝食を共にするんだ。 この談話室は食堂も兼ねている。 朝夕の食事は各部屋で行っているから、隊の協調性を育むってわけだ」

 

 アレックスの言う通り、この談話室の近くには小さな冷蔵庫が置かれていた。

 

「飲み物は配食の際に持ってきてくれるから好きなものを飲むと良い」

 

 そう言われて早苗は零倉庫を開ける。

 

 中にはコーラやミネラルウォーターなどが入っていた。

 

 無論、酒類はなかった。

 

「で、浴室は各部屋ごとに自由なルールを決めて置けるんだ。 ここは、2030までは男子でそれ以降は女子が使うってのはどうだ?」

 

「覗き見するなよ」

 

 アレックスのルール設定にフェイランが釘を差した。

 

「んなことするか!」

 

 真っ赤になるアレックスを全員で笑った。

 

「で、配食を受け取るには、この扉を開けるんだ」

 

 ロベルトが入口の横にある四角い扉を指さした。

 

 其処から食事や飲み物を受け取るという意味だ。

 

「そして、寝室は5人全員がそれぞれのベッドで眠れるということだ」

 

 ウェイブに案内されて訪れた寝室は、まるでカプセルホテルのような雰囲気だった。

 

 状態を起こして過ごせるように設計されており、無線式ヘッドホンに繋がれた映像パネルも完備されている。

 

「どうだ、早見もこの部屋が最高だと思わないか?」

 

「な、なんだか至れり尽くせりですね」

 

 早苗はどこか緊張してしまう。

 

「さぁ、荷解きを済ませて、座学教練に向かいましょう!」

 

 フェイランに急かされ、早苗は大急ぎで荷解きを済ませる。

 

 鞄の中は着替えと両親の形見であるペンダント、そして携帯端末が入っていた。

 

 「よし、それじゃぁ行きますか!」

 早苗は気合を入れた。

 

「じゃぁ、これから第3講義室へ向かう!」

 

 アレックスの一声で、全員は一斉に歩き出した。

 

 第3講義室では、機甲科の生徒たちが一同に並んだ。

 

「総員、着席!」

 

 座学教官の掛け声に全員が着席した。

 

「では、本日は入学して間もない貴君らのために本校の規則と習わしについて講義を行う! 聞き逃しができぬよう、細心の注意を払うように」

 

 生徒たちは、タッチパネルを操作していつでもログを取れるようにした。

 

「まずは本校の規則についてだが、男女混合1部屋5人の分隊で行動をすることが規則の中でも基礎とも言う。 個人の勝手な行動がチーム行動に支障が出ることを頭に叩き込むように!」

 

 教官の言葉通り、早苗たち209分隊はこれから2年間をともに過ごすことになる。

 

 一人でも違反したらみんなに迷惑をかける事になる。

 

「食事は基本配給で各部屋でとるように! これも大事な訓練科目であることを忘れないよう」

 

 先程教わったとおりだが、ここからが本題だとアレックスが早苗に目配せをする。

 

「では、本日はこの座学講義のみだが、明日から君たち機甲科は曜日ごとに組まれたカリキュラムをこなすことになる。 各自の端末に送信する。 講義終了後は改めて確認するように!」

 

 教官が、生徒たちの端末にスケジュール表を送信する。

 

「質問です!」

 

 若い女性が立ち上がる。

 

「質問に応えよう。 なにか問題でも?」

 

「混合5人分隊で共同生活する意味はなんですか?」

 

「良いところをついたな。 これは、性別や国籍、人種を問わず皆ともに戦う戦友であることを育むために定められているのだ」

 

 国連軍の兵士は強い結束力が最大の武器。

 

 だからこそ、この学校で強い結束力を育むのだから。

 

「私もいいですか?」

 

 早苗が質問をする。

 

「何だね?」

 

「基本的に訓練はどこで行うのですか?」

 

 明日から本格的な訓練が始まるのを前に、早苗は場所が知りたかった。

 

「いい質問だ! 訓練は基本本校敷地内の演習施設にて行う! 歩兵戦術からDAの操縦訓練、引いては現役の軍人との演習戦まであるぞ!」

 

 なんと、現役の軍人と模擬戦ができる。

 

 そうなれば、さらに経験を積むことができるはず。

 

「ちなみに、1つでも違反をすればその分隊の責任として養成学校名物<地獄のブートキャンプ>へ強制参加することを忘れてはいかんぞ?」

 

 地獄のブートキャンプ、それは、違反した分隊に課せられる罰則訓練で、その内容は想像を絶すると卒業生は語っている。

 

「2年後の最終試験では技能実習として最前線へと送られる。 心しておくように!」

 

 とにかく、最終試験では戦場で戦うことになる。

 

 最悪、命を落とす危険が伴う。

 

 それだけの覚悟を持って訓練に望まなければいけなかった。

 

「では、本日はここまで! 各分隊は部屋で休むように!」

 

 講義を終えた209分隊は部屋へ戻って各々の過ごし方で休むことにした。

 

「明日のカリキュラムは午前中がランニングと軍隊格闘訓練、午後は護身術訓練だって」

 

 フェイランが明日のカリキュラムについてこの場にいる全員に話す。

 

「やはり兵士たるもの、身体づくりからスタートってことだな」

 

 ロベルトがシリアルバーをかじりながらつぶやく。

 

「ロベルトくん、そんな甘いものばかり食べていると教官から雷が落ちるわよ」

 

「ソンナコトナイヨ!」

 

 フェイランの指摘に、ロベルトが顔を真赤にして反論した。

 

「消灯時間は2230だから、まだ時間に余裕があるな。 ここらでレクリエーションと行くか?」

 

 ウェイブがある提案をした。

 

「賛成! 晩ごはんまで時間もあるからやりましょう!」

 

 早苗はノリノリだった。

 

「それじゃ、シンプルにじゃんけんと行くか!」

 

賛成いいね。 じゃぁ最下位はバスルームの片付け掃除を担当するというのはどうかしら?」

 

 ロベルトの提案にフェイランが罰ゲームを付け加えた。

 

 最下位はバスルームの片付けと掃除。

 

 それは誰もが一番やりたくないのは知っている。

 

 だからこそ、ここで負けるわけには行かない。

 

「みんなで行くぞ!」

 

 アレックスの合図で全員が構える。

 

 その結果、

 

「僕が最下位だった!」

 

 ロベルトが最下位だった。

 

「それじゃぁ、バスルームきれいにしてね」

 

 フェイランが小悪魔チックなウィンクをロベルトに送った。

 

「やってやる! みんなが驚くくらいピカピカにしてやる‼」

 

 ロベルトはやけくそ気味にバスルームへと向かった。

 

 余談だが、このじゃんけんは卒業まで毎日行われるという。

 その日の夜、シャワーを浴びる早苗はどこか憂いを帯びていた。

 

「パパ、ママ……」

 

 両親を失ったことが、今でも忘れなかったのだ。

 

 そんな彼女を支えてくれる仲間たち。

 

「考えても仕方ない! 明日から訓練だ!」

 

 そう言うと、蛇口を締めてバスローブを着る。

 

 引き締まり、程よく突き出たボディラインがあらわになった。

 

「良いじゃないのか?」

 

「僕の好みじゃないよなぁ」

 

「おいおい、やめとけって!」

 

 男性陣がそれぞれ評価する中、

 

「はいはい、女の秘密を探らない!」

 

 フェイランがツッコミを入れた。

 

「とりあえず寝ましょう。 明日から本格的な訓練よ」

 

 フェイランの一言で全員が就寝につく。

 

 早苗は眠れないため、ベッド内のモニターでニュースを見る。

 

 <現在、日本では帝国を名乗るテロリストたちと戦うために国連軍と装備を共通化しています。 野党側については反発をしたくてもできない状況が続き、弱体化が懸念されています>

 

 TVアナウンサーが、日本の現状を生々しく伝える。

 

「そっか。 もう戦うしか道はなかったのね」

 

 早苗はそう言いながら、まどろみに身を任せた。

 

 翌朝0500。

 

 <総員、起床>

 

 アナウンスとともにラッパの音が響く。

 

 早苗も含む全員が飛び起き、1分以内で身支度を済ませた。

 

「209分隊、点呼!」

 

 アレックスが点呼を取り、準備が完了した。

 

「よし、それじゃぁ朝食だな」

 

 

 配給口に運ばれたのは、合成タンパク質で作られたベーコンエッグプレート。

 

 それを5分以内に食べ終えないといけない。

 

「兵士はいかなる時も、戦闘に備えないといけないからな」

 

 ロベルトがつぶやいた。

 

「さっさと食べて、第2演習場へ向かうわよ!」

 

 フェイランに言われて、209分隊は朝食を素早く済ませる。

 

 <本日より、訓練カリキュラムを行う。 全科目の生徒は第2演習場へ集合せよ>

 

 寮内全てにアナウンスが流れる。

 

 209分隊も含めて、すべての教科の生徒全員が第2演習場へと向かった。

 

 そこは、ジャングルでの戦闘を想定した木々が生い茂るエリア。

 

 そこで何をするのかは、当然全員が知っていた。

 

「諸君、訓練初日でありながら見事に揃ったな」

 

 教官が嬉しそうに微笑んだ。

 

「しかし、すでに訓練は始まっている! まずはランニング5km! 訓練装備を身に着けたうえで、この演習場を1週走ることだ!」

 

 生徒たちの前にはすでに見るからに重そうなザックパックなどが置かれていた。

 

「では、各自40秒で装着せよ! できなかった者はその分隊責任として、地獄のブートキャンプ行きだ!」

 

 教官がニヤけつく。

 

 その笑みにはなにか怖い部分がある。

 

 生徒たちは大急ぎで訓練装備を身に着けた。

 

 早苗もそれを装備してわかったことが一つ、それは男女問わずの装備でかなり重量がある。

 

「各自装備できたな?」

 

 生徒たちは全員準備を完了させていた。

 

「では、走れ!」

 

 教官の合図で全員走り出した。

 

 装備の重さも相まってか、かなりきつく感じる。

 

「どうした! 一人前の軍人に鳴りたいだろう? だったらヘコタレずに気合を見せろ!」

 

 教官が発破をかける。

 

 生徒たちは息を切らしながらも走り続ける。

 

 早苗もその一人だった。

 

「とにかくまずは走りきらないと!」

 

 とにかく体を動かすことが好きな早苗は、体力に自身があった。

 

 それ故、重い訓練装備をものともしない。

 

「早見って、体力モンスターかよ……!」

 

 他の生徒達はドン引きする中、早苗は余裕でランニングを終えた。

 

「早見! 貴君は素晴らしい成績だ」

 

 教官に褒められ、早苗は嬉しかった。

 

「だが自惚れるなよ。 訓練は始まったばかりだ」

 

 そう、これはまだ序の口。

 

 この後本格的な訓練が始まるのだから。

 

「では、30分の休憩を取る! その後ここで歩兵戦術の訓練を行う!」

 

 教官はその場を後にした。

 

「さて、柔軟体操をして備えますか!」

 

 209分隊はストレッチで体をほぐす。

 

「これから歩兵戦術の訓練よ。 常に体を柔軟にしないと敵が襲ってきてすぐに対応できなくなるわ」

 

 フェイランが体を曲げて伸ばしたりして準備を整えた。

 

 歩兵戦術訓練は一筋縄ではいかない事をこの場にいる全員が知っている。

 

「そうそう、フェイランは知ってるか? 中国が戦術弾頭ミサイルを・・・・・・・・・・・・開発つくっていることを」

 

 

 「あぁ、あのバカ親父がテロリスト殲滅のために核を積むやつを開発してるってね」

 フェイランは呆れ顔になった。

 

 無理もない。

 

 中国ではテロリストの拠点を遠くから攻撃するためという名目で戦術弾道ミサイルの開発に着手していた。

 

 これは、国連の間でも度々問題視されるほど遺憾な開発とも言える。

 

 そんな危うい状況の中、ブラッディ・イヴという大規模テロが開発に拍車をかけているのだから。

 

「でも、親父さんは優秀な国連の将校って聞いてるぜ?」

 

「便宜上ではね。 でも、国連から独立しようと考えているかもしれないから、嫌になるわ」

 

 ロベルトの言葉に、フェイランはさらに呆れ顔になる。

 

 中国では国連から独立して世界の領有権を独占したいと考える者が少なくなかった。

 

 大国の自尊心プライドを傷つけたくない中国政府は何かを起こしそうで恐ろしい。

 

「では、これより歩兵戦術訓練を行う! 各分隊は指定ポイントへ向かうように!」

 

 共感の声が響く。

 

 209分隊は急いで端末が示す座標へと向かった。

 

「こんなところで歩兵戦術訓練をやるなんて意味があるの?」

 

「そう言うなよ。 これも大事な基礎訓練。 生身で戦う技術を身に着けなきゃ即死だ」

 

 アレックスに言われて、早苗はハッとした。

 

 いくら優秀なパイロットでも、生身で戦うことを覚えないと命がいくつあっても足りない。

 

 そうこうしている内に、209分隊の待機ポイントまでたどり着いた。

 

 <各自ポイントに付いたな>

 

 端末から教官の声が響く。

 

 <では、本日の午前訓練を行う! ルールは単純、このポイントを1155時まで守りつつ、相手の拠点を落とすこと! 以上だ>

 

 要約すれば、相手の攻撃から自分たちの陣地を守りつつ敵の陣地を攻め落とす。

 

 一見単純に見えるが、攻撃や防衛にどの人員をあてがうかなど戦略性を問われる訓練と言える。

 

 <なお、銃器などは各ポイントのみで支給される。 それでは、健闘を期待する>

 

 通信が終わり、訓練が始まった。

 

「まずはここにある装備を見てみよう」

 

 アレックスの一言で早苗たちは装備品ボックスを確認する。

 

 中身はアサルトライフルが5つ、プラスチック製模擬弾が300発、ゴム製ブレードの訓練用ナイフ、ミネラルウォーターなどが入っていた。

 

「これで、お昼ご飯まで守り抜けっていうの?」

 

「限られた物資を有効的に使うのが兵士の仕事の一つよ」

 

 早苗の疑問にフェイランはアサルトライフルを背負いながら答える。

 

「この限られた物資でいかに守り抜くかだな。 早見とウェイブは偵察と奇襲ゲリラを頼む。 フェイランとロベルトと俺で拠点の守りを固める」

 

「「「「了解Roger」」」」

 

 フェイランは拠点周囲の警戒、早苗とウェイブは主力攻撃部隊、ロベルトとアレックスで防衛と見事に役割が分担された。

 

「じゃぁ、行ってくる!」

 

 ロベルトと早苗は他分隊の拠点へと出撃した。

 

「ねぇ、ロベルトと早苗だけで大丈夫なの? 私も同行したほうが良かったじゃないの?」

 

 フェイランはアレックスにこんな質問をした。

 

 どうやら、この人員割り振りに疑問を持っているよう。

 

「この密林という視界が悪い状態で、大人数で動くと手痛い奇襲ですらも対処できなくなる」

 

「なるほど、偵察と奇襲には少数精鋭が有効ってことね」

 

 アレックスの判断に、フェイランは納得した。

 

 視界が悪い状態で、下手に大勢で動くのは却って危険すぎる。

 

 この判断には、納得がいく。

 

「それで、私が拠点周辺の警戒と、何かしらの伝令役ってことかしら?」

 

「そのとおりだ。 有事に備えるのも軍人の仕事だ」

 

 ロベルトはフェイランにウィンクした。

 

 その頃、

 

「いいか、奇襲というのは背後から突っ込むだけじゃないんだ。 ときにデコイとかを使って敵の注意をそらすことも重要なんだ」

 

 ウェイブはそう言いながら木の枝を拾う。

 

「どうやって、使うんですか?」

 

 早苗はその枝をどう使うか尋ねる。

 

「シンプルにこうする!」

 

 ウェイブはそのまま投げた。

 

 投げた先にあるのは、他の分隊が警戒している拠点の一つ。

 

「なんだ?」

 

 防衛担当の隊員が拾っている隙に、

 

「はい、お疲れ様」

 

 ロベルトがあっさりと陥落させた。

 

「こうやるんだ」

 

 早苗はそれに納得した。

 

 <209分隊、313分隊拠点を制圧>

 

 演習場にアナウンスが響く。

 

「おい、マジかよ!」

 

 あのアレックスってやつ、かなりの切れ者だぞ!」

 

 各分隊は、一層に警戒を強めた。

 

 戦いという名の訓練は、まだ始まったばかり。

 

 さらなる激戦が待っていた。

「さっそく陥落おとしたな!」

 

 アレックスはまずまずの戦果と味をしめた。

 

 まずは拠点を一つ攻め落としたことではずみがついた。

 

「4時の方向に敵部隊を確認!」

 

「数は?」

 

「およそ3! おそらく陽動部隊と思われる!」

 

 フェイランが敵の動きを詳細に伝える。

 

「わかった。 ウェイブたちに別働隊を叩けと伝えてくれ」

 

了解Roger!」

 

 フェイランは、早苗たちの端末にメッセージを送信した。

 

 メッセージの内容は以下のモールス信号になっている。

 

 <ー・ーー・ー・ーーー・・・ーーー・ー・・ー・ー拠点に向かう敵を潰せ。陽動の本隊は君たちの近くにいる

 

「ウェイブさん! 別働隊が近くにいるそうです!」

 

「こいつはちょうどいい。 息を潜めて探るぞ」

 

 メッセージを受け取った早苗とウェイブは、息を殺して周囲を探る。

 

「209分隊の拠点を落とせば、俺達の株が上がる!」

 

「他の3人と挟み撃ちすれば、勝ちは決まったも同然だ!」

 

 男性二人が早苗たちに気づくこと無く通り過ぎていく。

 

 早苗たちにとっては好都合だ。

 

「焦るなよ。 こういうときこそ冷静になって、状況を確認することが大切だ」

 

 逸る早苗を、ウェイブは落ち着かせた。

 

 たしかに、今焦って飛び出せば返り討ちにあうことは明白。

 

「こういうときは、先回りして簡易対人罠ブービートラップを仕掛けるんだよ」

 

 ウェイブは、余裕の笑顔を見せる。

 

 そう、現場にあるものだけで効果的な罠を作ることも戦いにおいては覚えておいて役立つもの。

 

「じゃぁ、奴らの進行ルートに先回りしよう」

 

 ウェイブと早苗は、陽動作戦中の別働隊の進行ルートをこっそり進んで先回りする。

 

「ここは奴らなら通るはずのルート候補だ。 早見、少しライフルを貸してくれ」

 

「え? はい、どうぞ」

 

 ウェイブにライフルを渡す早苗。

 

「適当な木の幹にくくりつけて、これをデコイにする。 本命は……」

 

 ウェイブはなれた手つきで罠を制作する。

 

「こんなものかな? 後は奴らが引っかかるのを待つだけだ」

 

 ウェイブと早苗は、すぐさま茂みに隠れる。

 

 早苗の手には、何故かワイヤーが握られていた。

 

「いいか? あいつらが来たら、そのワイヤーを引っ張ってライフルを撃て。 あいつら等がたじろいだ瞬間に本命が作動する・・・・・・・はずだ」

 

了解Roger

 

 すると、ウェイブの予想通りに別働隊がルートに差し掛かった。

 

 まだこちらには気づいていない。

 

 そして、

 

「今だ!」

 

 ウェイブの合図に合わせて、早苗がワイヤーを引っ張る。

 

 幹にくくりつけたアサルトライフルが火を吹く。

 

「な、何だ⁉」

 

「どこから撃ってくる?」

 

 別働隊が戸惑った瞬間、

 

「ドンピシャ!」

 

 ウェイブがロープを引っ張る。


 すると、別働隊の足元からくくり罠が飛び出して拘束した。

 

「「は、ハメられた!」」

 

 別働隊が罠にはめられたことに愕然とした。

 

「よっしゃ! これで、2つ目!」

 

「でも、こんな罠づくりをできるなんて、ウェイブさんはなにかやっていたのですか?」

 

 早苗はウェイブにこんな質問をする。

 

「俺の実家は狩人なんでね。 うさぎ捕りの罠づくりはお手の物さ」

 

 ウェイブは鼻高々に自慢する。

 

「私の父は考古学者で、発掘現場の最前線で頑張っていました」

 

 早苗は、亡き父のことをウェイブに打ち明けた。

 

「マジか! 君はあの早見博士の御息女だったのか」

 

「御存知の通り、両親は帝国に殺されて……!」

 

「あ、嫌な思いをしたなら謝るよ」

 

 蒸し返すような発言をしたウェイブは早苗に謝罪した。

 

「いいんです。 それは過ぎたことですから」

 

 早苗は気を取り直す。

 

「それよりも他のみんなも頑張って守り抜いてるみたいだ。 俺達も一旦戻ろう」

 

 ウェイブは一旦拠点へ戻ることにした。

 

 早苗も幹にくくりつけたライフルを回収してその後を追う。

 

 訓練も終盤へと差し掛かる。

 

 この時、209分隊は予想もない事態に出会い、それを乗り越えていくことになる。

 

 演習場から少しはなれた管制塔では、

 

「初日から歩兵訓練ですか少佐」

 

 昇が教官の下へ訪れた。

 

「これは中佐。 例の御息女も頑張っております」

 

「それは良かった。 そろそろ仕掛けるか?」

 

「無論です! これも教官の仕事ですから」

 

 教官はモールス式暗号で待機中の部隊にある指示を出す。

 

 それは、以外にも単純。

 

 <ーー・・・ーーー・ー掻き乱せ。 ただし、やりすぎるな

彼ら・・に介入をお願いしたのですか?」

 

「うちの部隊は優秀でね。 中佐だってお世話になったはずですよ」

 

 教官はニヤつく。

 

 国連軍第45教導隊、その実力は国連軍の中でもトップクラス。

 

 コスモシールズでも、彼らと協力関係を結んでいる。

 

「では、生徒たちはこの事態にどう対処できるかが、」

 

「見ものですな」


 教官と昇はモニターを見つめた。


 一方、拠点へと戻った早苗たちは、消費した弾薬と水筒の補充に追われていた。

 

「気をつけろ。 ここからは自らの本領を出してくれ」

 

「それって?」

 

「この訓練では、あらゆるイレギュラーを想定しているんだ。 教官側から仕掛けてくる場合もある」

 

 そう、戦場では刻一刻と変化する。

 

 それに対応できる柔軟性がないと、到底は生き残れない。

 

 まずは、それに備えて準備を整える必要がある。

 

「11時の方向より敵影接近!」

 

 フェイランが警告を発した。

 

「数は?」

 

「およそ12! 教官側からの刺客と思われる!」

 

 教導隊が舞い上がらないように指導しに来ている。

 

「さぁて、思い上がったお馬鹿さんは、どの分隊かな?」

 

 ノリノリの教導隊隊員たち。

 

 これに対処することが最優先になった。

 

「各員警戒態勢! フェイランは動向を監視、他のみんなは俺ととも迎撃準備!」

 

「「「「了解Roger‼」」」」

 

 早苗は素早くライフルの装填リロードを済ませた。

 

 教導隊の襲撃はいつ起こるかわからない。

 

 そこで支給ボックスを改めて確認すると、

 

「あ、狙撃ライフルがあった!」

 

 狙撃ライフルの他にショットガンや訓練用手榴弾などが入っていた。

 

「まじかよ!」

 

「早見は狙撃ライフルを持ってフェイランとともに警戒してくれ。 残る二人で防衛に当たる」

 

「わかったわ。 早苗ちゃん、狙撃のいろはを教えるから、頑張って」

 

「はい!」

 

「僕とアレックスとウェイブでなんとかするから頼むね!」

 

 209分隊はそれぞれの配置ポジションについた。

 

 早苗とフェイランは、現在いる拠点から後ろにほど近い小さな崖の上にいる。

 

「いい? 狙撃というのはいかに敵に気づかれないようにかつ、素早く正確に目標を撃つことができるか。 そのためには、観測員とペアを組むことが必須よ。 まぁ、DAに乗ればコンピューターがやってくれるから意味ないけど」

 

 フェイランが小悪魔チックに笑う。

 

「なるほど。 敵に気づかれずに狙い撃つのですか」

 

 早苗はそう言いながらボルトを引っ張って撃鉄を起こした。

 

「いかなる時も冷静さを欠いてはだめよ。 スナイパーは落ち着いて仕事をやり遂げるのだから」

 

「焦らず冷静に……!」

 

 早苗はスコープを覗く。

 

 教導隊に動きはない。

 

 他の拠点を攻め落としているのだろうか?

 

「フェイランさん、動きはないみたいです」

 

「でも、油断してはだめ。 一瞬の気の緩みが死へと直結するのだから」

 

 フェイランの優しい発破に、早苗は気を引き締める。

 

 ここで焦れば、元も子もない。

 

 戦場では、そうした行為が命取りになる。

 

「アレックス、そっちは?」

 

 <向こうに変化はないよ。 ただ、こっちも気を張ってる。 そっちも気をつけろよ>

 

「そう。 何かあったら伝えて」

 

 <わかった>

 

 通信を終えると、フェイランは双眼鏡で遠くを見る。

 

 やはり教導隊の動きに変化は見られない。

 

 だが、状況はすぐに動き出しそうだ。

 

 その時、

 

「畜生!」

 

 功を焦った分隊が教導隊の前に飛び出した。

 

「あ、焦って飛び出すと!」

 

 焦った分隊はあっけなく教導隊に撃破された。

 

「いいねぇ、成績を焦って飛び出すバカ分隊は。 地獄のブートキャンプ入りが楽しみだ」

 

 これはまずい状況になった。

 

 位置的にも、209分隊の拠点がここから20mほどの距離にある。

 

「よし、優秀な分隊には教導隊おれたちの指導を受けてもらわないとな!」


 男性隊員が嬉しそうな顔で歩き出す。 


 教導隊が近づいてくる。

 

 状況は変わってしまった。

 

「早苗、言ったとおりにして。 ここで焦れば全滅よ」

 

「はい!」

 

 早苗は冷静に狙撃体制を維持する。

 

 <フェイラン! 俺達でなんとか抑えるから、早見に指示を出せ! >

 

「聞いたわね? 私が合図を出すから、それまでは我慢して!」

 

了解Roger!」

 

 早苗は落ち着いてスコープ越しに遠方を見る。

 

 教導隊が迫る中、アレックスたちは迎撃に向かっている。

 

 この訓練の成否は、早苗の狙撃にかかっていた。

 教導隊は一歩づつ209分隊の拠点へと近づく。

 

 ウェイブは茂みに隠れてアサルトライフルを構える。

 

 ロベルトとアレックスは万一に備えて緊急用信号弾を装備する。

 

「ここが落とされても大したペナルティはないが、教官に勝つことが目的じゃない。 まずは生き残ることを最優先するんだ」

 

 アレックスが分隊全員に通達する。

 

 そう、これが実戦だったらまずは生き残ることが最優先。

 

 早苗も、それを理解しているつもりだ。

 

「早苗ちゃん、最悪の場合はこの拠点を放棄して逃げることもあるの」

 

「つまりは、退路の確保ですね」

 

 早苗はフェイランの言葉に顔をこわばらせた。

 

 退路の確保も、戦場ではよくあること。

 

 攻撃することだけが、戦争じゃない。

 

 ときには退却する勇気も必要。

 

 早苗は、眼の前の課題をこなすことに集中した。

 

「アレックスさん! 私から見て、開けたエリアに誘い込んでください!」

 

 <そこで狙撃をするのか? 了解だ! >

 

 アレックスは即興で作戦を練り上げる。

 

「ウェイブ、お前は教導隊を誘導しろ! ロベルトは俺と退却ポイントを作る!」

 

「わかった!」

 

「早見ちゃん、 今から退却の合流ポイントを出すから、狙撃が済んだらそこで落ち合おう!」

 

 ロベルトたちは、拠点を放棄して退却を選ぶ。

 

 フェイランの端末に合流地点ランデブーポイントが転送された。

 

「確認したわ! そこで落ち合いましょう!」

 

 フェイランは通信を終えて早苗のもとへ向かう。

 

「早苗ちゃん、これからは生き残ることを考えて。 一発撃ったら、すぐに合流しましょう」

 

了解Roger

 

 早苗は冷静に狙撃ポイントに狙いをしぼる。

 

 ウェイブがサブマシンガンを乱射して教導隊の注意を引く。

 

「こっちですよ!」

 

 失礼のない程度に挑発する。

 

「拠点を放棄して退却するとは、なかなかいい判断だ」

 

 教導隊隊員が、アレックスの判断を評価する。

 

「そいつはどうも!」

 

 ウェイブは訓練用手榴弾を投げつける。

 

 中身は無害性スモークで、これをあびると撃破とみなされる。

 

「うわっ! ここで手榴弾か!」

 

 教導隊は一瞬止まる。

 

 すでに教導隊は狙撃ポイントだ。

 

「今だ早見!」

 

発射シュート!」


 早苗がウェイブの合図で狙撃ライフルを放つ。

 

 プラスチック製の模擬弾が、教導隊の足元に着弾する。

 

「牽制でも上出来よ!」

 

 フェイランに言われて、早苗はすぐにその場を離れる。

 

 <訓練終了。 これより1時間の休憩に入る>

 

 終了アナウンスが場内に響く。

 

「あらあら、終了おしまいですって」

 

「まぁ、拠点を放棄したのは痛手になるが、それなりの成績ってことだろう」

 

 ウェイブたちはようやく休むことができると肩を下ろす。


 そして昼の休憩に入った。

 

 配給車が仕出しの食事を提供し始める。

 

 209分隊も全員揃って昼食を食べる。

 

「ドイツ陸軍は、最新鋭のリニアガンランチャーを搭載した戦車を国連軍に提供するらしいよ」

 

 ロベルトがそんな事をいう。


 祖国で生産されている最新鋭戦車を国連軍に提供するというもの。

 

 陸上戦力の増強にはもってこいの話。

 

「でも、中国はそれに反対しているわ。 親父がなんとか祖国を説得しているらしいけど」

 

 フェイランが懸念する。

 

 中国政府内では、エニグマの脅威に祖なるべく軍事政権が弱体化しつつあるミャンマーにDAを供与する方針を打ち出した。

 

 それがかえって国連からの反発を強めている。

 

 そのため、ドイツが最新戦車の提供を行う方針には反発することも頷ける。

 

「ミャンマーねぇ。 あそこの政権は軍が日に日に弱体化してるって聞いていたが?」

 

「国連が圧力をかけているのさ。 中国がその圧力をはねのけられるよう独自ルートを開拓中ってうわさだ」

 

 アレックスの言葉に、ウェイブが賛同した。

 

「日本でも、帝国と戦うことを表明しています。 そのためにも国連平和維持条約に加盟したいと打診があったそうです」

 

 早苗が、日本が国連平和維持条約に加盟したいという首相メッセージを国連に送ったという。

 

 返答次第では、国連軍の団結がさらに深まるに違いなかった。

 

「さぁ、午後からは護身術訓練よ!」

 

「国連式護身術組手、成績優秀なメンバーが居る分隊は飯が少し豪華になるそうだ!」

 

 成績優秀な分隊にはそれなりの報酬がもらえる。

 

 早苗はこれは絶対貢献しなくては。

 

 そうおもった。

 

「休憩終了5分前! 総員、集合!」

 

 教官の一声で機甲科の生徒たちは集まる。

 

「これより、午後の訓練を開始する! 本日は護身術の組手を行う!」

 教官が高らかに叫ぶ。

 

 生徒たちに緊張感が走る。

 

「ルールは簡単! 各分隊による勝ち抜きトーナメント方式で組手を行い、最も成績が優秀な分隊には夕食のリクエストを聞こう!」

 

 夕食は好きなものになる。

 

 これは各分隊も同じ。

 

 是が非でも良い結果を残したい。

 

「では、抽選を行う!」

 

 抽選の結果、209分隊は501分隊との対戦だった。

 

 501分隊は午前の防衛訓練で最も成績がいい分隊。

 

 負けるわけには行かない。

 

「拠点放棄とは、ずいぶん良い判断だ。 だが、俺達だって負けないぞ!」

 

 501分隊の隊長が気迫を出す。

 

「そいつはどうも!」

 

 アレックスも同じだ。

 

「では、互いに礼!」

 

 教官が審判を務める。

 

 アレックスと501分隊長が礼をする。

 

「はじめ!」

 

 両者の組手が始まる。

 

 501分隊長は小手先の足払いを仕掛ける。

 

 アレックスは、八艘飛びでそれを回避する。

 

 お返しとばかりに空中で回し蹴りを食らわせる。

 

 とっさにガードしながらうしろに飛び退く501分隊長。

 

「やるな!」

 

「そっちも!」

 

 両者は一歩も譲らない。

 

 護身術組手は相手を倒すのが目的ではない。

 

 あくまでも自身を守るための防衛術。

 

 その訓練科目である。

 

「わるいが、勝たせてもらう!」

 

 501分隊長が低い試製のままタックルを繰り出す。

 

 突然の奇襲に、なすすべもなく受けてしまうアレックス。

 

「一本! そこまで!」

 

 501分隊長がまず勝ち抜いた。

 

「ナイスファイト!」

 

 ウェイブがねぎらう。

 

「惜しいところまでいったが、あの低姿勢タックルは痛いな」

 

 アレックスは少し悔しそうだった。

 

「次は早見の番だ!」

 

「やってやります!」

 

 今度は早苗が501分隊長に挑む。

 

「レディーだからって、手加減はしないぞ?」

 

「無論、最初ハナっから全力です!」

 

 両者は一歩も惹かないか前を取る。

 

「はじめ!」

 

 両者が駆け出す。

 

 501分隊長が低姿勢タックルを繰り出すが、

 

「甘いですよ!」

 

 早苗が右ステップで避けつつ、後頭部に手刀を叩き込む。

 

「がっ!」

 

 軽い脳震盪に襲われ、501分隊長はダウンした。

 

「一本!」

 

 早苗がアレックスの敵をうった。

 

「すげーな! 早見って、ジャパニーズ・カラテをやっているのか?」

 

 ウェイブは少し驚いていた。

 

「ふふふ、実は黒帯で6段にもなってます!」

 

 なんと、早苗は空手の有段者。

 

 全日本女子大会で準優勝するほどの実力を秘めていた。

 

「そんな経験が……!」

 

「夢は、女子総合格闘の世界チャンプです! と言っても今はなくなってしまいましたが」

 

 ブラッディ・イヴの影響で学業は中退という事実に追い込まれたが、昇の推薦でここへ来ている。

 

「川島中佐といっしょに戦いたいのか! 俺達も応援するぜ!」

 

「一緒に頑張りましょう!」

 

 フェイランたちに励まされ、早苗はここでしっかりと基礎を学んでいこうと思った。

 

「さぁ、次の相手は誰かしら?」

 

「俺様だ!」

 

 次の相手は、体格もよく顔つきがいかついワイルドな男。

 

「俺様も、格闘技のチャンプを目指していたんだが、あいにくこのご時世だ。 お互い後悔なくやろうぜ!」

 

「もちろん!」

 

 両者は気合十分。

 

 組手の掛け声が空に響き渡る。

 

「では、本日のカリキュラムを終了する! 各分隊は部屋に戻って休むように!」

 

 教官に言われて、各分隊はそれぞれの部屋へと戻ることになった。

 

「あーあ、結局ベスト6か」

 

「でもよ、いい感じに体力もついてきたんじゃないか?」

 

 早苗の愚痴に、ウェイブはポジティブに答える。

 

 部屋へ戻る途中、早苗はふと思った。

 

(そう言えば日本はどうなっているのだろう?)

 

 遠く離れた祖国を思いつつ、早苗は分隊とともに部屋へと急ぐ。

 

 これから更に厳しい訓練に望むことになる。

 

 部屋に戻ると、早苗あてに小荷物が届いていた。

 

「これって、おじさんから?」

 

「何だ? 早見の親戚は確か……」

 

 小荷物の送り相手にアレックスは興味を示した。

 

 荷物を開封すると、

 

「これ、前から欲しかったゲームバード! おじさん、覚えてくれたんだ!」

 

 早苗が以前から欲しかった最新ポータブルゲームPCが入っていた。

 

「はいはい。 ゲームは1時間で区切ってね」

 

 フェイランが母親のように早苗を注意した。

 

「わかってます!」

 

 早苗が頬を膨らませた。

 

 そういう一面があるのは微笑ましいことだ。

 早苗は早速ゲームバードの起動手順に入った。

 

「まずは主電源を入れて、ハイパーウェーブ接続の設定を……」

 

 ブツクサと言いながら説明書通りに進めていく。

 

「最近のゲームPC、性能が良くなってるよな?」

 

「ここ最近じゃ、衛星からのハイパーウェーブでどこでもオンラインで繋がれるらしいって」

 

 アレックスとウェイブは呑気に語り合う。

 

「よし、接続完了! あとはクラウド上にある私のアカウントを……、OK!」

 

 ようやくアカウントの移行を完了させた。

 

 早苗の家もブラッディ・イヴで消失したため、新しいゲーム機が欲しかったのだ。

 

 親族がゲーム機メーカーだったのか、最新型のゲーム機を送ってくれるのは嬉しい限り。

 

「よーし! バトルステーツオンライン2、再開と行きますか!」

 

 世界的人気のサバイバルゲームを起動させてログインを済ませる。

 

「お、毛みゃーちゃんがきてる!」

 

 オンラインゲー友と無事に再会できた。

 

 <SANA、あなた無事だったのね! 私は今渋谷で炊き出しをやってるよ>

 

「こっちは今テキサス州。 詳細は言えないけど、なんとかやってるよ!」

 

 音声ボイスチャットで語らう二人。

 

「アレックス、ちょっと腕相撲アームレスリングをしないか?」

 

「そうだな。 レクリエーションも兼ねてやってみますか!」

 

 アレックスはウェイブの挑戦を受けて立った。

 

「あら? いい勝負になりそうだわ」

 

 フェイランは審判をやるつもりだ。

 

「じゃぁ、負けたら今日の食事はおごりで!」

 

 アレックスは勝ち気に言う。

 

 両者負けられない。

 

「それでは、」

 

 腕を組む二人。

 

「スタート!」

 

 アレックスとウェイブの一本勝負が始まった。

 

 互いの腕に力がこもる。

 

 両者は一歩も引かない。

 

 勝負は拮抗し始めた。

 

「やはり腕っぷしは強いな」

 

「そいつはどうも!」

 

 ゆすらない戦いが続く。

 

 そんな中、

 

「あーっ! ログインボーナスもらうの忘れてた!」

 

 早苗が素っ頓狂な声を上げた。

 

 その御蔭でこの場にいる全員がずっこけた。

 

「「「「お前な!」」」」

 

 全員が呆れながらのツッコミをいれた。

 

「ごめんなさーい!」

 

 早苗は、顔をあかめて謝罪した。

 

 それはともかく、楽しいレクリエーションは過ぎていった。

 

 その一方、

 

「今こそ、テロリストに無抵抗主義を掲げるべきなのです!」

 

 時継が国会に出席し、このような言葉を言い放つ。

 

 首相が徹底抗戦の構えを示すのに対して、反対していた。

 

「松岡くん、君はこの現状を見てまだ戦わない意志を貫くのかね?」

 

 他の議員から痛烈な言葉が出る。

 

「この惨状を起こしたのは、平和のために尽くせなかった首相あなたの責任だ! あなたこそが、この国最大のテロリストだ!」

 

 時継が批判的に発言する。

 

「松岡くん落ち着き給え!」

 

「其処まで言うと、あなたの発言責任が問われますぞ!」

 

 与野党問わず、多くの議員たちが止める。

 

「私は、戦わないことでこの国は平和を保てると信じていた! 今はなき山本前代表もそうしてきた!」

 

 時継が悲痛に叫ぶ。

 

 それは、立憲共産党の立て直しを図るため。

 

 自分たちの勢力が弱体化することを食い止める意思。

 

「では聞きましょう。 なぜ立憲共産党きみたちは、戦わないことで平和につながると思いますか?」

 

 首相が時継にこんな言葉を投げかけた。

 

「それは……!」

 

 何も言葉が出ない。

 

 むしろ、反論の余地がない。

 

「しかし、あなたこそ何故戦う意志を示すのですか! これ以上国民を無差別に殺すおつもりですか!」

 

 必至に反論するも、

 

「君は本当に愚かだよ」

 

 首相の一言で、全てが終わった。

 

「首相! 立憲共産党は解党すべきと私は思います!」

 

「僕も思います! こいつらのでたらめな行動のせいで、日本の文化を潰された事例もあります!」

 

 多くの議員たちが立憲共産党の解党を求める声を上げる。

 

「待ってください! 立憲共産党わたしたちが解党すれば、この国は戦闘国家になってしまう! 君たちはそれでも良いのか!」

 

 時継は声を荒げるも、解党の声は強まっていく。

 

「では、立憲共産党の解党に賛成する方は挙手をお願いします」

 

 議長の言葉で、この場にいる全員が挙手をした。

 

 満場一致。

 

「満場一致の賛成により、立憲共産党は本日現状をもって解党とする!」

 

「そ、そんな……!」

 

 野党最大政党の解党。

 

 それは、時継にとって耐え難い苦痛だった。

「この処分は甘んじて受けますが、この国に戦争なんかさせない……!」

 

 時継は、そう言うと議事堂を去る。

 

 立憲共産党の解党。

 

 そのニュースは、瞬く間に世界中に知られた。

 

 <日本最大の反戦主義政党、遂に幕>

 

 <松岡代表、解党責任を取る形で辞職>

 

 などと報じられた。

 

 その知らせは、テキサス州にある養成学校にも届いていた。

 

「知ってるか? 日本の立憲共産党が遂に潰れたみたいだぞ」

 

「ようやく現実を知ったか」

 

 学生たちがのんきに話す。

 

 共産主義が、遂に意味をなさなくなった瞬間。

 

 政治というのは、常に変わりゆくもの。

 

「でも、親戚のジャーナリストから聞いた話じゃ、松岡元代表は独立政治結社を立ち上げるらしい」

 

「政界を降りても、反戦主義は変わらないってやつか?」

 

 その会話を、早苗は偶然聞いた。

 

「立憲共産党がなくなっても、戦争反対の思想を貫くというの?」

 

 一人つぶやく。

 

 いい忘れていたが、この日は休日。

 

 校内であれば自由に歩いたり、自主訓練に励んだりできる日でもある。

 

「おーい、早見!」

 

 アレックスが早苗を呼ぶ。

 

「アレックスさん! どうしました?」

 

「実はな、209分隊で日用品の買い出しに行くんだ。 一応、外出申請を出した」

 

 アレックスは買い物のため、上層部に外出申請を出していた。

 

 合否が出るまで最低2日はかかると言う。

 

「それで、結果は?」

 

「買い物ならば半日の許可が出た。 明日にも行くから早見も準備しておくといい」

 

 アレックスは早苗にウィンクする。

 

 早苗は、自分の体調管理用品を買えるとわかったう上でそれを承諾した。

 

「ちょうどよかったです! 今すごく欲しいものがあるんです!」

 

 大喜びの早苗。

 

 そんな彼女を見るアレックスは、

 

「あんまりはしゃぐなよ。 買い物と言っても最低限の生活用品だ」

 

 優しく抑えた。

 

「でも、ちょうどリップクリーム切らしたので、それが買えるのは嬉しい限りです!」

 

 そこはやはり10代。

 

 年頃の女の子だ。

 

「わかったよ。 だけど、私物購入は1種類につき1つまでと規定が入っているからな」

 

 さすが、軍の養成学校と言ったところか。

 

 ここまで厳しい規定を導入されている。

 

「わかりました!」

 

 早苗は大喜び。

 

「それはそうと、午後は暇か? 午後から209分隊で自主訓練をやるけど?」

 

「自主訓練ですか? どんな内容ですか」

 

「この先の屋内訓練施設でサバイバルをやるんだ」

 

 どうやら、サバイバル訓練という名目で隊員同士の交流を図るつもりらしい。

 

「了解です!」

 

 早苗は、大急ぎで部屋に戻る。

 

「1345時に第3訓練所に集合だ!」

 

 こうして、1日は過ぎていく。

 

 そして朝が来る。

 

「よーし! 今日は生活用品の買い出しだ!」

 

 そう、買い出しの日。

 

 買い物に行くだけならと、半日の外出許可が降りている。

 

 そんな209分隊だが、

 

「買い物と言っても、学校からほど近いスーパーに限定されるけどな」

 

 養成学校付近で買い物ができるのは、学校から20mはなれた倉庫型スーパーのみ。

 

「でも、食料品以外なら購入が許可されているなんていいじゃないですか!」

 

 早苗は嬉しそう。

 

「そうはいっても、買い物の後は必ず検閲を通して許可されたものしか部屋にいれることはできないんだ」

 

 これは、拳銃などの武器類を持ち込ませないようにするためと、お菓子などの衛生環境に影響を与えるものを入れないためでもある。

 

「そう言えばみなさんは何を買うのですか?」

 

 早苗は不思議に思った?

 

「水回り用の洗剤とトイレットペーパー、あとは自由に買ってもいいかな?」

 

 最低限の生活用品と、検閲に没収されないレベルの私物。

 

 万が一検閲に没収されると、その品は不用品回収に回されるという。

 

「あ、化粧品とかはだめよ。 校則の違反につながるから」

 

 フェイランが早苗に喚起を促した。

 

 スキンケア用品は良くても、化粧品は衛生上良くないらしい。

 

「そうなんですか」

 

「それと洋服も禁止なの。 服は軍が支給してくれるし、卒業までの期間、洋装品は購入禁止よ」

 

 服を買うことも禁止されている。

 

 軍隊ならそうなるわけだ。

 

「まぁ、ゲームが買えるのなら、それでいいです!」

 

 早苗は気を取り直した。

 

「決まりだな」

 

 こうして一行は近所のスーパーまで買い出しへと行った。

 

 余談だが、検閲の結果によれば早苗が購入したくまのぬいぐるみは、精神衛生に有効と報告書に記載されている。

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