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(たとえ家族が崩壊しても)子どもをやる気にさせるたった1つの大切なこと       チャプター4 褒めるか褒めないか、ただそれだけ/言霊(ことだま)が現実を生む

 2年前にフランスに移り住んで知ったことだが、イギリスやアメリカのようなアングロサクソンの教育と、フランスのそれには大きな隔たりがある。

 前者は褒めて育てる傾向が強いのに対し、後者は規律、修練を重んじる風潮がある。

 フランスでは子どもをある一定の型に(mouldという言葉がまさにぴったり)はめようとする。そこだけ見れば、フランスは日本に近いように見える。

 大きく異なるのは、日本の学校では様々なイベントが行われるが、フランスでは学校行事はなく、休みが長い。日本では休みの間も部活などで拘束されるが、フランスでは学校から解放されれば全く自由。

 日本と子どもの教育方法は似ていても、そこが大きく違うため、フランス人のほうがずっと個人主義的なのだろう。

 但し、パリなどで逆切れする人が多いのは、そういう抑圧的教育を受けたからではないかと思ったりもする。

 以前、別のブログで『フランスではヴァカンスで人生が変わる』と題して書いたことがあるが、子どもたちにとっても、長い休暇は別の視点から自分を見つめ直したり、新しい考え方を取り入れたりする、いわば成長するための貴重な時間でもある。

 パリで出会った子どもを持つアメリカ人の母親は、アメリカでは学校に行く時、"Have fun!"(楽しんでいらっしゃい)と言って送り出すことがあるが、フランスではそれは絶対に考えられない、と話していた。フランスでは学校は楽しみを求める場所ではない。

 フランス人が「楽しんで!」というのはヴァカンスの前だけかもしれない。それ以外の時間は、パーティでもなければ、我慢以外の何物でもないのだろう。

 フランスの幼稚園では、まず子どもたちは黙って先生の言うことを聞くように指導される。

 これはアメリカ人やイギリス人の子を持つ親からすると、苦痛に見えるらしい。

 なぜならアングロサクソンの国々では、子どもに自由に発言させたり、表現力を身につけさせることが、とても大切だと考えているからだ。

 私には嘗て3人の男の子のステップチルドレンがいた。

 一番下の子は初めて出会った頃、4歳になったばかりだった。

 私は元夫が、この子に何かを「躾ける」ところなど見たことがなかった。

 人にはこうやって挨拶しなさいとか、食事の作法とか、全く以って指導したり、言いつけたりしたことがなかった。

 それこそ目に余る程の自由奔放ぶりだったため、彼らの義兄たちが「こうしたほうがいいよ」とやんわりとこの弟に言うぐらいだった(上のふたりと下の子は母親が異なるため、何となく進言しづらいところがあった)。

 この末っ子は、行儀作法などは成長するにつれ、義兄たちや周りの大人、同級生の行動や態度を見ながら、それを真似て自然に身につけていった。

 前回、子どもと犬は似ていると書いた。

 犬にこちらの言うことを聞かせるには、3つのポイントがある。

 一緒にたくさん遊んであげること、おやつなどをご褒美にあげること、そして、いっぱい褒めてあげることだ。

 犬は人間の言葉は話せないけど、その雰囲気や空気から、人間の感情や思いを敏感に察知できる。

 私は自分が飼っていた犬に対して(真似をしたわけではないが)元夫が彼の子どもに対して取っていたのと同じアプローチをした。

 普段から良いことを見つけて褒め、望まないことをしたら、その行動を無視する、というものだった。

 日本の有名人でいえば、池上彰方式といえば分かりやすいか。

 核心を突いてくるような質問をしたら「いい質問だね」と褒める。間抜けな発言をしても責めない。

 つまり褒めるか褒めないか。そのどちらかだ。

 例えば、うちの犬がまだ2歳になるかならないかという頃、テレビのリモコンを齧って破壊したことがある。

 それにはちゃんと理由があった。私が6時間以上、彼女を家にひとりきりにしたからであり、彼女はまだ子どもで、ひとりでいることに慣れていなかった。

 犬は自分が何をしたかよく分かっていた。destructive behavior。人間も犬も同じ。適切に構ってもらえないと、破壊的行為に走るのだ。

 普段、彼女をしょっちゅう褒めている私が、その現場を発見し、無言で片付けている。

 それだけで彼女は恐れ、「あ、やばい」と思う。

 褒めるか褒めないかという関係性ができていれば、急に褒めなくなっただけで効果がある。

 もちろん私はそこで、"You are a bad dog! Bad, bad dog!"と罵り、彼女を震えあがらせることもできた。 

 しかし、これにはあまり良くない副作用が生まれる可能性がある。

 まず、これをあまりやりすぎると、人間の子どもの場合、失敗を恐れるようになって自意識過剰になり、様々なことで余計に失敗するようになる。

 さらに、罵られたくないがために、それを隠したり、嘘をついたりする可能性がある。

 また、そのようなネガティブな言葉を使っていると、それを発している親や飼い主自身がそれを自分自身で聞き続けることになる。

 それを自分自身に言い続けることになる。これが悪い気分や空気を作り出す。悪い気分は悪いエネルギー。良いことを誰にももたらさない。

 逆に良いエネルギーが漲っている人は成功する。

 言葉には私たちの想像以上の力や自己暗示の作用がある。ネガティブな言葉は良いエネルギーを吸い取ってしまう。

 私の知り合いで、親から「お前は役立たずだ」「何をやってもうまくいかない」と言われ続けた人がいた。彼女は器用で、幾つかの才能にも恵まれていたが、大人になっても自信を持てず、自分のポテンシャルを信じることができなかった。そのため、生涯、苦労し続けた。

 試しに友達でも恋人でもいいから、良い部分を見つけ、褒め続けてみればいい。相手の態度やふたりの関係性が、みるみるうちに変わるだろう。

 これは相手が子どもでも全く同じ。

 3人のステップチルドレンたちは、父親から褒められているうちに、あれよあれよと言う間に、さほど苦闘することもなく、するすると木をよじ登り、気がつけばイングランドでも最も利発な子どもたちの一部となり、それぞれのゴールに到達していった。

 何年か前、人を噛んだ紀州犬が、警察官に13発も撃たれて死ぬ事件があった。

 哀れな犬は、飼い主が外に全く連れ出さなかった、全く遊んでもらっていなかったのだろう。

 行動には必ず原因がある。子どもを矯正するのではなく、その原因となっている問題を解決することを優先すべきなのだろう。 

   


  



  

 

 


 

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