ただいま、薫。

皿を洗うのが億劫だという理由で、
同じ皿にひとつずつ料理を出しながら食べている。
「食事は並べてから食べる」という、
マナーとダイエットのセオリー両方から顰蹙を買いそうだ。
しかし、皿を取り替えないエコなコース料理のようでもある。
それほど、凝った品は無いのだが。

冷凍りんご。
黒豆。

昨年末、人生で初めて黒豆を煮てみた。
その昔、美味しんぼで、相撲取りのような男が嫁選びをしていて、
一流料理人に一流おせちを作らせた令嬢と、
黒豆を丁寧に煮たお嬢さんとで、後者を選んだという話があった。
私は、「黒豆って作るの大変なんだな(攻撃力が高い)」と思った。
クッキングパパの「オペラ」の回でも、同じことを思った。
それで、長らく挑戦リストから外れていた。

しかし、「丹波の黒豆300g1000円」を見つけて、
それが高いのか安いのかしばらく市場調査をした後、
まだ残っているのを見た時、私はついに手を伸ばした。
そして、フリマサイトで手に入れたシャトルシェフに入れ、
沸騰させたあと放置した。

放置した。

力士を懐柔するほど攻撃力の高いそれが、
(力士の嫁になることが誉とは私には思えないが)
洗って、混ぜて、火をつけて、放置するだけで、
簡単に出来てしまった。

そしてそれは、今まで食べたどのおせちの黒豆より、
格段に美味しかった。

壁というのは、実に些細なことで出来るものだなと、
私は思った。
黒豆は、思い立ちさえすればいつでも簡単に作れたのだ。

オペラはどうだろうか。
うーん、黒豆のようにはいかないかも知れないな。
でも、思ったより簡単かも知れない。

検索してみた。
デリッシュキッチンの動画で、
「いつまで続くの??」
って思うことがあるとは。

いつもは、「もう終わったの?」って巻き戻しているのに…。

今の私には、足りない器具が多く、やはり物理的に難しい…。
ハンドミキサーがないし、こんなに沢山一時保存するボウルがない。
そもそも私はメレンゲをちゃんと作ったことがない。

でも、手順はなんとなくわかった。
スポンジ、染み込ませるコーヒー液、クリーム二種、
一番上のフタを組み合わせればよいのだ。
そしてどこからか金箔を仕入れてくる。
(もう、粘土で作った方が速そうだ)

多分、死ぬまでに一度は作ることになると思う。
作る前に死んだら、私の墓に供えて欲しい。

「オペラを作る一日料理教室」
があったら、喜び勇んで参加すると思う。
わざわざオーブンやハンドミキサーを買う必要がない。
(検索したらそれなりにあった)

しかし、
「やめとけ。あれは素人の作るもんじゃない」
っていうクッキングパパの友人の言葉は、どうなんだろう。
クッキングパパは、それでも作るんだけど。
素人が作ろうって言ってるんだから、
やらせといて、失敗したら笑ってやればいいのに。
(美しくないストーリーですか)

初心忘るべからずと言いつつ、
素人が手を出すなと言う。
そんな空気が、息苦しい。


さてタイトルについて全く触れていないのだが、
これは星霜編の剣心のセリフである。
どんなシーンかは、観た人にはわかると思う。
観てない人は観て欲しい。明るい気持ちにはならないが。

このシーンが、よく思い出される。
「ただいま、薫」
おかえり、剣心?

ただひたすらに、女は「家」「故郷」を投影され続けるのだろうか。
女はそれに同化してしまえるのだろうか。
少なくとも、星霜編の監督は女ではない。

私は家でも故郷でも港でもないが、料理は好きだ。
もしオペラを作ることがあるとしたら、
誰かと一緒に作ってみたいかも知れない。
ぺしゃんこのスポンジ、焦げたスポンジ、
分離したバタークリーム、ひっくり返したボウル、
床に落ちた生卵、忘れられた夕食。
そんなものの果てに、小さな断層ケーキ。
一緒にその感動を分かち合うなら、
誰かと暮らすのも、楽しいかも知れない。

女は、どこへ帰るのだろう。

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