新参者のローゼ

「ロゼッタ、少し良いか」女王は声をかけてきた女、マリアの方を向いた。背後でジェスが身を硬くし、抗議の声を発したので、やはりか、と思う。「耄碌したかマリア。人の名前を間違えるな、私はローゼだ」マリアは物言いたげなジェスと女王を交互に見た。「おや…… そうだな、失礼した」女王は尊大に頷いた。「……女王。私は少し、マリアと話を」ジェスが気まずそうに言う。大方『前の』女王の存在をほのめかしたマリアに苦言を呈しに行くのだろう。気づいていることを知られたくなかった。女王は『怒ってくれるか、ジェス』と言うべきか迷い、結局ただ気のないそぶりで、好きにしろ、と言った。

ジェスの背を見送り、女王は物思いに沈む。ジェスは『ローゼ』の前で歴代女王の話をすることを避ける。それはそうだ。悟られてはまずいこともあろう。それでも女王は前の女王達のことが知りたかった。おそらくは自分と同じようにジェスと馴染み、これから自分がそうなるように、戦場で命を散らしていったのだ。そんなことはなんでもない。ただの事実だ。自分がいなくなった後もジェスは王宮に残る。死ぬのは怖くなかった。ずっと繰り返されていたことが、また一つ重なるだけだ。

知ってどうなるというのだろうと女王は思った。ただひとつ、ジェスを残して逝く事だけが心残りだ。死んだ女王達にも追悼の念を抱えていたのだろうとふと思い至り、女王はただ、哀れだな、と思った。悲しみに暮れれどもそれを表明する事すら許されぬとは。自分はいつまで生きられるだろうか。あの哀れな道化の女のために、使い捨てのこの命で何ができるだろう。女王の体は国のものだ。心など寄越されても困るだろう。

ジェスはマリアの元に行ったまま戻ってこない。女王は認識欺瞞の魔法をかけ、王宮の中を歩き回る。新人らしいメイドがじっと睨むのを見て、王宮にも魔法使いが増えたな、と思う。マリアが連れてくるのだろうか。魔法使い同士にはなにか通じ合うものがあるらしいと聞くが、残念ながら『ローゼ』は人間である。女王はふと気づく。自分は『女王』として王宮に来たが、マリアやジェス、王子や看護長達はどういった経緯で王宮に入ったのか。それも含めて調べる必要があるな、と女王は考えた。できればジェスには知られずに。

「王宮の記録が見たい。どこにある?」女王は年嵩の侍従を捕まえて訪ねた。侍従は恐ろしげにしながらも資料室の場所を教えてくれた。女王は端的に礼を言い、指示された方へ歩いた。ロゼッタ。生命を示す薔薇の名を持つ女。因果なものだなと思いながら、女王は一人、暗い廊下を辿っていった。

(続く)


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