年長者のアル

アルは奇妙な女だった。少なくともセブンスはそう感じていた。銀の目はどこか遠くを見ており、熱っぽい視線は宙をさまよっている。そうかと思えばひどく怜悧な顔をする。銀の髪を重たいボブヘアにして、内側に巻いている。アルは奇妙な女だった。そしてアルはセブンスの上司だった。

上司というのは関係の言い表し方として適切ではない。二人は反抗勢力の諜報員だった。要は公的な関係が基底にあり、なおかつアルはセブンスの世話係だったと、つまりはそれだけのことだ。アルは奇妙な女だった。アルは昔話が好きだった。アルには服役経験があるとのことだった。それはアルがうわごとのように繰り返すおしゃべりの中で何とはなしにほのめかしたことだった。重ねて言えば、アルはそれを特別誰かに聞かせるつもりはなく、セブンスがそれを聞いたのはまったくの偶然だった。

アルは遠くに見える町の電波塔を指して笑う。『あれがほんとうのほんとうに私たちのものになるといいわね』と言う。当然だ。『私たち』はそのためにいるのだから。アルは私を指して『にんげんはかわいそうね』という。私は当惑する。あなたも人間だろう、とは言えなかった。言っても聞かないのだろうなとは思った。

一度、言ったことがあったのだったか。いや、それとも言おうとしただけで黙っていたのだったか。ともかく反応が返ってきたのはそれきりだった……はずだ。その時は確か、人間はかわいそうね、人間じゃないわたしもかわいそうなのかもね、と言ってどこかへ行ってしまった。そう、確かそうだった。それから、戻ってきたアルは履いているヒールのかかとを鳴らして『ねえ、可愛いセブンス? 形見にするのなら靴はやめておきなさいな』と言って、それからどうしたのだったか。そう。愛しい人の残したものがだんだんと擦り切れて形をなくしていくのを、ねえあなた、耐えられるかしら? と続け、ボブカットの隙間から怪しく笑った。アルの履く靴はいつもと同じに見えたのに、履く足と大きさがあっていないような気がしたのは気のせいだっただろうか。ともかくアルが靴の話をしたのはその時だけだ。

背の高いアルは、魔法を使うのがうまかった。『わたしは魔法使いなの』といって、豊満な体を跳ねさせ、宣言通りに無茶苦茶な魔法を使った。いたずらな睫毛を伏せて、私たちが協会の杖を使うのは変ね、と言って杖をふるえば無法が顕在化した。先の大戦では活躍したと聞いたことがあるが、熱に浮かされたように喋るアルの言葉は指示関係が不明瞭で、聞き取れた中でもどこまで本当のことなのかはわからない。服役していたのも、恋人がいたらしいのも、私が七番目だというのも、だからセブンスなのだというのも、全部が全部アルの妄想かもしれない。でも、本当かもしれない。わからない。本当にわからなかった。アルは自分のことしか話さない。

アルについて正しくわかっていることはいくつかある。魔法を使うのがうまいということ、自分の青紫の髪を指に絡めて懐かしむように目を細めること、そしてその時の目がうんと優しいこと。自分よりずっとずっと年上だということ。どうやら私は気に入られているらしいということ。アルは私を『かわいいセブンス』と呼ぶ。

あとは、作戦を立てるのがうまいらしいということ。セブンスは詳しいところをよく知らない。セブンスは下っ端だからだ。拠点から見える電波塔は壮大だ。町の外に住む『私たち』は電波塔を狙っている。人間には生来魔法を使う力はない。町の中は電波塔がインフラストラクチャーとなって、町に魔法の力を行き渡らせている。魔法は独占されている。許可が下りなければ魔法を使うことは許されない。『だから私たちは電波塔を狙う』。占領し、征服する。『私たち』はそのためにいる。

『私たち』の目標。その話をするたびアルは聞いているのかいないのか、判別のつかない顔のままにこにこと笑う。セブンスは惑う。なんと返すのが正解なのか未だ知れない。アルは何を考えているのだろうか? 答えはない。アルの心の中をのぞいたとして、到底手に入るとは思えない代物だった。答えはない。反応に困ったセブンスはアルの隣に腰を下ろして電波塔を眺めた。いつものようにぼんやりしていると思っていたアルが耳元で『かわいいセブンス、わたしたちの望みがかなうといいわね』といやにはっきりした声で言ったので、セブンスは少し驚いてアルのほうをじっと見た。『願いが』『わたしたちの』『そうでしょ?』というので、セブンスはただ頷いた。

アルは奇妙な女だ。アルはセブンスの髪に口づけた。セブンスは縺れてもしゃもしゃの長髪をアルの好きにさせていた。アルは奇妙な女だった。セブンスはアルの心を知らないままでいる。のぞみ。ねがい。アルの望むもの。それは『私たち』総体のそれとはいくらか違うのかもしれないとの疑念をセブンスは持つが、実際のところ『それ』が何であるかはわかりそうになかった。

(続く)

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