VR空間で学校の担任になった
VRChatというVR空間を知り、遊び始めてから早9か月。私は、VRChat上で不定期に開催される私立VRC学園という学校風イベントのクラス担任をしていた。
VRChatとは
VRChatとは、パソコンまたは各種VR機器でVR空間上に任意のアバターを用いて入り、ボイスチャットしたりアバターの手足を動かしたりすることで他のユーザーとコミュニケーションすることができる、VR上のSNSの一種だ。
ゲーム内でフレンドになった他のユーザーと同じ場所に簡単に移動し、すぐにコミュニケーションを取ることができる。また、Trustレベルという『そのユーザーがどの程度VRChatに入れ込んでいるか』という指標があったり、迷惑行為等をするプレイヤーを簡単に非表示やミュートにすることができるのが特徴だ。
私立VRC学園とは
私立VRC学園とは、前述のVRChat内で、有志の一般ユーザーが主体となって運営しているイベントやその団体の総称である。そこでは主にVRChat初心者を対象に、VRに関係するさまざまな技術やコミュニケーションについての授業を行っている。
大きな特徴として挙げられるのは、VR空間の中であるにもかかわらず、敢えて現実世界の学校のようにクラスの生徒や担任を固定し、講師が授業を行うというものを一定期間(2週間程度)行い続けるという点である。
担任に申し込んだ経緯
私がこの学園に担任としての参加を希望したのは、もともと昨年末の開催時に私が生徒として参加しており、その際に担任という役割に興味があったからだ。
担任といっても、現実世界のように授業をしたり、部活動の顧問をしたり……といったことをする訳ではない。
この学園における担任は、VRChat上の空間(ワールド)に生徒が入って来れるようにしたり、授業中などにトラブルがあった際に学園の運営担当に報告したり、放課後に生徒同士が交流できるようなちょっとしたイベントを企画したり……というように、生徒が円滑に授業を受けることについてのサポートを行うという役割に特化されている。
授業をするのは別の役割(講師)の担当であり、部活動は卒業後に参加することになるため担任の役割とは関係がない。
そして私が生徒として参加した際の自身のクラスの担任や副担任の姿にある種の憧れがあったことや、自分が生徒をしていたクラスに若干の未練があったことなどを理由に、担任としての参加を希望したのだ。
もちろん、いくつかの不安はあった。しかし、それ以上に、理想のクラスを皆の手で築き上げたい、という想いが私の中で先行していた。
生徒主体、関係性を広げられ得るクラスを目指して
2021年の6月中旬。担任になることが確定した私は、同様に副担任となった他の3名と共に、クラスの運営方針を大まかに定めた。
私個人としては、自身が学園の生徒だった頃の未練から、卒業後もクラス全体~クラス内の数人レベルで交流があるクラスに憧れていた。自身のクラスでは個人間の交流がせいぜいだった。
しかし、私が担任をすることになった時は、生徒としての参加者にVRChat自体の初心者はそう多くないとの情報が入ってきていた。そうなると、すでに依存先のコミュニティを持っている生徒がある程度存在することになる。そうした人々に卒業後も交流があるクラスという理想を押し付けるのはあまり良くないのではないか。
その一方で、こうも考えられた。そうした人々がこの学園に入校する意思がある時点で、『知り合いを増やしたい』か『授業から知見を得たい』のいずれかの欲求があるのは間違いないのだ。
以上のことから、やはり生徒同士の交流を強要はしないが、交流を広げられ得るクラスでありたい。そういった結論に至った私達は、生徒同士のコミュニケーションについては干渉過多になりすぎないように、生徒自身の意思で相手を定めて交流を始めてもらえるように、との共通認識のもとに、具体的な打ち合わせを進めていった。
生徒との顔合わせ
私から見た生徒たちの初見の印象は、「なんかヤバイのが数人と、他人へ話しかけに行くのが苦手そうな人がたくさんいる」というものだった。
前者で言えば、アイサツを重んじるサイバネティクスめいたニンジャが生徒にいたし、おじさんを回すVR文化を広めているという生徒もいた。激動の担任生活をひしひしと感じていた。
後者は、彼らからの簡単な自己紹介でそう自称していた生徒が多かったからだ。コミュニケーションに自信がない生徒がやや多く集まっていた、という点は私からすると少々意外だった。なぜなら、彼らのTrustレベル(そのユーザーがどの程度VRChatに入れ込んでいるかという指標)は最高クラスの生徒がほとんどだったからだ。
私個人の無意識下の偏見として、Trustレベルが高ければコミュニケーション力も高いだろう、というものがあった。しかしこの頃から、それは間違いかもしれない、と考えを改め始めていた。
果たして自分はクラスの生徒の皆さんにより良い学園生活を送ってもらうには何ができるだろうか……そう考えながらも、私の担任としての役割がスタートしていた。
最初の授業
クラスが受講した授業の中で最も印象深く、また私が講師に対し内心で感謝をしているのが、初日に受けたVRCインプロヴィゼーションという授業だった。ここではほぼ初対面の生徒同士で、いわゆる『即興劇』をこなすことになった。誰もが緊張する中、桃太郎を題材に物語が進行していった。
その結果生まれた物語は以下の通りだった。
まるでSF要素を抜いた星新一のショートショートのようなオチを持つ桃太郎、もといせと太郎が即興で誕生していた。無茶苦茶な設定とはいえ即興で生まれたにしては筋の通った話に、方々で笑いや驚きの声が上がっていた。
これに加えて、その授業の放課後には普段おじさんを回している生徒の主導でおじさんを回すことになった。一体何を言っているのかと思ったが、本当に「おじさんを回す」ことをしていたため、思わず唸ってしまった。
授業と放課後、それぞれを見ていただけの担任としては予想でしかないが、初っ端から予想を上回る展開が続いたことで「これぐらい踏み込んでも問題ないんだ」という空気が生まれ、少しずつクラス全体の緊張が和み始めたように思えた。
企画するニンジャの登場
ある日、ニンジャから突然DMが飛んできた。放課後のイベントを企画した、とのことだった。
それにより、クラスの皆でVRChat内のゲームワールドで遊ぶことになった。
爆弾の爆発に巻き込まれれば一発で倒されてしまうゲームで、視界外からの不意打ちを狙う者、多くの敵を倒し強者となった途端に弱者へも見境なく力を振るう者。次第に生徒の本性が明らかになっていった……。
企画はそれだけでは終わらない。「クラスを跨いだ交流をしたい」という提案がニンジャからもたらされ、実現することに。やがてその提案は未関係だったクラスすらも巻き込み、最終的にほぼ全てのクラス同士での交流が実現していた。
コラボイベント企画者の登場
先のニンジャに影響を受けたあるクラス生徒もまた、勇気を出してイベントを企画してくれた。
それによりVRC学園とは全く別の、VR空間内で航空機などを操縦しその実力や技術で人々を魅了する団体とのコラボレーションが実現し、生徒が航空機などに乗せてもらえたり、美しい操縦によるパフォーマンスを皆で鑑賞することもできた。
とある日、件のニンジャは「VRChatにアイサツの輪を広げ、初めて会った人同士でもアイサツをすることで仲良くなれる場や風潮を作っていきたい」と自らの信条を語っていた。
実際に彼の行動により私のクラスにはアイサツを重んじる流れがすでに生まれていたし、こうして彼の影響でイベントを開催する生徒も出てきていたこと。芯が定まっている人の行動は確かに他人を変えることができる、ということを強く実感した。
そして卒業へ
気がつけば14日間の授業もほぼ終わる頃。終盤にはクラスの皆で同じ空間に集い、酒を飲んだり動画を見たりウミガメのスープの出題で盛り上がったり、さらにはちょっと踏み込んだ話題で騒いだりもしていた。
卒業式。生徒と担任陣が思いの丈を言葉にしていく中で、感極まってしまう生徒もいた。担任からはこれまでの思い出をスクリーンショットに収めたものを動画にまとめて、思い出動画としてサプライズで披露。さらにはVRC学園の運営から、クラスの様々な写真を見返せるアルバムを提供して頂く。
これで自分の仕事も終わりか……と思った矢先、生徒から逆サプライズで、寄せ書きをプレゼントされたのだった。これには思わず……感極まってしまった。
担任を終えての感想
たった2週間でこれなのに、1年中どころか何年もこれを繰り返すことになる学校の教員という仕事の大変さ、重要さを実感した。
どうすればクラスの雰囲気がよいものになるか、生徒同士の話に参加しづらい人に何をすれば参加してもらいやすくなるか、クラス内のトラブルについてどう対応すればよいか、クラスの思い出はどう残してどう共有すれば良いか……
毎日の授業や放課後は1~2時間程度だが、その中でも考えなければならない事は無数に存在する。
クラスの運営や生徒の誘導にだけ注力すればいいVRC学園の担任、というだけでもやるべき事が多い。一方で現実の教員の仕事に就くとなれば、授業内容も考えることになるし、部活動の運営も任されるだろうし、さらにはある程度の諸業務も行わなければならないだろう。相当の負担があるのではないだろうか。
私個人としてはさまざまな想いから、生徒が全員と仲良くとまでは行かずとも、他の誰か一人とだけでも気軽に会いに行けるような関係を築くことができればそれでいい、と考えていた。つい昨日卒業式を終えたばかりだから、これが実現できたかどうかはまだ分からない。
しかし、少なくとも現時点で生徒から「最高のクラスだった」や「このクラスで良かった」といった言葉を投げかけてもらえているので、勇気を出して担任という役割を買って出たことは間違いではなかった、と感じている。
VRC学園における『初心者』について
ここからは、今後生徒や担任としての参加を希望する方への参考になればとの思いで、私が担任視点でVRC学園で過ごした中でのいくつかの事実や気づきを共有させていただく。
私立VRC学園は、自身の主張する『初心者』とは何か、を改めて明確にすべきだ。
VRC学園は、一応『初心者向け』という体で生徒を募集していた(※)し、それを想定した運営や授業を実施していた。しかし、今回の募集は運営関係者のいるワールドに入れたユーザーの中の先着順というシステムとなった結果、そうしたワールドに迅速に入ることに慣れたプレイヤー(=ある程度VRChatに慣れたユーザー)が生徒の大部分を占めることとなった。すなわち、ある視点で見れば「明らかに初心者とは思えない」ユーザーばかりが学園の戸を叩き、入学していたのだ。さらには、VRChatに慣れていないユーザーが入学できていなかったという事例も存在していた。
これでは『初心者向け』が意味を成しておらず、非難の的になるのではないか、と思う方もいるかもしれない。
ところが、実際に蓋を開けてみると、そうして集まった生徒はTrustレベルこそ高いものの、少なくとも私のクラスにおいては「普段同じフレンドとばかり遊んでいる」「知らない人とコミュニケーションを取るのが苦手」「普段から依存しているコミュニティ/集団がない」といった生徒が半数近くを占めていたのだ。
ここで言うTrustレベルはどれだけVRChatを積極的に遊んでいるかの指標でしかなく、それはコミュニケーション力と比例するものではない。よって、Trustレベルが高くともコミュニケーションについては初心者だ、という人は少なからず存在するし、そういった人々が私立VRC学園のようなコミュニティを求めることは想像に難くない。
このことから私が言いたいのは、私立VRC学園における初心者とは何か、を私立VRC学園自身が明確に定義すべきだ、ということである。そうでなければ、VRChatにおける初心者の定義が学園に持ち込まれ、必要のない議論が生まれてしまう可能性が今後もあり得るからだ。授業をする講師も、クラスを運営する担任も、どのような『初心者』をターゲットに据えているのかが明確になることで、これまで以上に各々の判断で役割を果たしやすくなるだろう。
クラス内で馬の合わない人との付き合い方
これは自分が運営したクラス内に限らず、別のクラスに入った知り合いから聞いた話でもあるのだが、「私立VRC学園はVRChat内のコンテンツなのに現実に寄りすぎている」という話がある。
私立VRC学園を体験したユーザーのnote記事やツイートを読んだり体験談を聞いたりしていると、私立VRC学園は素晴らしい体験ができる、という美談が目立っているのは事実だ。実際に、私も3期を卒業した辺りでそういった趣旨のnote記事を書いたことがある。
しかし、そうした場では語られない側面も存在する。VRChat自体は、もし自分と気が合わなかったり不快に感じる相手が同じ空間にいたとしても、そうした相手を自身の視界や聴覚から除外したり、別の空間へすぐに移動したりすることができる。
ところが、VRC学園では少なくとも2週間の間、最低でも1時間程度は定められた人々と同じ空間に居ることを強要される。それが自分と気が合わなかったり自分が不快に感じる人だとしても、その場から離れることは難しいのだ。さながら、現実の学校や職場と同じである。
同じクラスになった生徒や先生すべてが自分と気の合う相手であれば心配は要らないだろうが、実際はそうではないことのほうが多いだろう。
では、VRC学園という空間内であっても、VRChat上と同様に、同じクラスになった全員と親密でなければならないのだろうか?
私の答えはNOだ。
思い出してみてほしい。現実の学生の時のあなたは、たった2週間で同じクラスの全員と仲良くなることができていただろうか?少なくとも男性である私の経験では、仲良くなれたとしても男子の大半と女子のごく一部がせいぜいだった。ましてや、卒業するまで必要最低限以外の会話をしなかった相手すら存在していたぐらいだ。コミュニティというのはそういうものだ、と私は思っている。
これはVRChatの中で現実に似た拘束のされ方を強要されるVRC学園においても同じことが言えるのではないだろうか。あくまで担任をしていた私個人の意見だが、自分の意思を蔑ろにして全員と無理に仲良くする必要はないし、(すでに別のコミュニティに属している人が)VRC学園を新たな依存先コミュニティとして据える必要もない。ほどほどに繋がっておきつつ、クラスメイトの中で気軽に会える相手が1人か2人増えるだけでも充分ではないだろうか。
現実と同じような場が形成されているのだから、現実と同じように考えるべきだ。無理をしてまで全員と親密になる必要は、ない。
わずか2週間で交流を諦めるのは早すぎる
また、同様の理由で、わずか2週間だけでクラスに『うまく馴染めなかった』とか『自分には合わなかった』というように断じてしまうのは勿体ない、と私は思っている。2週間でクラスの全員のことを一通り理解するのはよほど効率よくコミュニケーションが取れていない限り難しいだろう。
そのうえ、VRC学園の期間中に他者に対して踏み込んで話し合える場は意外と少ないのだ。
授業で他者と関わるような機会を提供してくださる講師はある程度存在するが、踏み込んだコミュニケーションの機会を授業に求めるのはさすがに高望みだろう。
また、担任としては放課後に仲良くなるきっかけ作りとしてゲームで遊べるワールドに生徒を誘導したこともあった。しかしそうしたワールドでは他人の一面を知ることはできても、面と向かって話したり相手の事を深く知ろうとするのは意外と難しかったりする。
私の運営したクラスでは、クラスの生徒同士が踏み込んで話ができるようになったと思ったのは、14日間の終盤で放課後に自宅のようなくつろげるワールドでだらだらと話す機会を設けてからだった。その場ではこれまで聞けなかったような話題について話す流れが自然と生まれていて、より深い関係を築くきっかけになっていた。
では、最初からそういっただらだら話す場を用意すればすぐに親密になれていたのかと言えば、それも違うだろう。相手のことをほとんど知らない人同士で特定の話題を定めずに話そう、と言われても、話題を持ち出すのにすら苦労してしまうはずだ。それがコミュニケーションが苦手な生徒同士であれば猶更だろう。
表面上だけかもしれないがお互いのことをさらっと理解するために、ゲームで遊ぶワールドで一緒に遊んだり、各種イベントで楽しさを共有したりする経験があってこそ、お互いについてもっとよく知りたいという気持ちが生まれ、会話が弾むようになるのではないだろうか。
2週間という期間は、見知らぬ人同士で互いについて興味を持ち、深く知るようになるまでには短すぎる。だから、2週間でクラスに馴染めなかったからと諦める必要はない。
卒業後は拘束もなくなり、もとのVRChatの気軽な繋がりでいられるようになる。その環境下で、やりやすい方法でお互いの事を少しずつ知っていけばよいのだ。2週間も同じ空間にいれば、相手はもう見知らぬ他人ではないのだから。
最後に:これから私立VRC学園に(深く)関わる方へ
今後、私立VRC学園という空間で生徒になりたい、もしくは講師や担任になりたい、という方へ一言伝えるとすれば、「私立VRC学園は皆の言う理想郷ではないが、あなた次第で理想郷になり得る」ということだ。
その理由は先に書き連ねたように、VRC学園はVRChat内にあるはずなのに、あまりにも現実に近い空間として形成されているからだ。
不満に思ったり不快に思ったりすることがあるかもしれない。しかし、担任や運営は皆が誠実に対応してくれる人々だ。まずは自分ひとりで抱え込んで諦めようとせずに、きちんと思ったことを直接伝えて欲しい。そうすれば、対応の仕方について皆で話し合い、割り切れることは割り切って進めていくことができる。
うまくクラスに馴染めるか分からないとか、生徒とコミュニケーションが取れるか不安とか、そういうことを感じるかもしれない。しかし、相手も同じようなことを感じているはずだ。実際に、担任としての私もそうだった。
だから、そうであろうと「お互いにとって学園の日々がより良いものであるためにはどうすべきか」を常に考え、行動し続けることだ。そうしていくうち、どんな形であれ相手に想いが伝わり、それが連鎖していくはずだ。あなた一人の勇気が、皆を動かすのだ。
もしもこれを読んだあなたがVRC学園に少しでも興味を持ったり、理想郷でないことに気づかされたり、それに気づいてもなお勇気を持って学園に関わりたいと思ったりしたのであれば、私としては幸いだ。
今後私がVRC学園とどのように関わっていくかは分からないし、そもそも関われるかも不確定だ。ただ、もしも同じ空間で会えた時は、是非ともあなたの勇気を見せてほしい。
私立VRC学園 4-2担任 せと。/setohima
暇ですが暇ではないので不定期投稿になってしまいますが、皆さんに納得して頂けるような記事を作成できるように日々精進していきます。