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来てくれキジムナー

ガジュマルをお迎えした。

友人と話しているうちに「もうじき節目の年齢になるので植物を育てる大人になろう」ということになったのでガジュマルを育てることにする。友人は月桂樹にしたらしい。本当は去年の四月くらいからガジュマルを買いたいなと思っていて(緊急事態宣言で在宅がかなり多くなっていたので)、花屋に勤める友人に相談とかもしていたんだけど、引っ越したい気持ちもあったし、そもそも部屋の日照やら手狭さを考えて踏み切れないでいた。ただ、この機会を逃したらたぶんずっと育てない予感もあったし、それなら!と一念発起して迎えることに決めた。小ぶりのやつだったら引っ越したとしても持っていけるだろうし。

ガジュマルにしたのは、この樹木にキジムナーって妖精がやってくるという逸話があったからで、火の神やら魔除けやら、まあとにかく部屋をいい感じにしてくれるらしい。座敷童のたぐいだと思う。本当にいるかどうかは知らないけれど、いた方が間違いなく愉快なのでどうかいてくれ。そんで部屋と私の暮らしをいい感じにしてほしい。


いろんなところで書いたり話しているし、もう慣れっこなんだけれど、私の住んでいる部屋はちょっとヘンというか変わったことがある。勝手にクローゼットが開くのである。家を出る前に間違いなく閉めたはずなのに、帰宅したら開いている。バーン!と豪快に開ききるのではなく、すみませんねちょっと明かりが必要だったもので、くらいのささやかな隙間だった。ふざけないでほしい。べつに、おかしな何かが見えるとか声が聞こえるといった心霊的なことはない。ただクローゼットが開くだけである。閉めてヘッドフォンをして作業してふり返ったら開いていることもあった。ふざけないでほしい。でも開く瞬間は見たことがない。ふざけんな見せろ。

この部屋には7年くらい住んでいるが、引っ越してきて最初の頃は本当に怖かった。ぜったいに物盗りが隠れていると思った。仮に死んだ人間が部屋にいるより、知らない生きている誰かがいる方が圧倒的に怖い。クローゼットが空いていたら、そのたびクローゼットの奥や風呂場やトイレや台所のシンク下をびくびくしながらたしかめた。通帳と印鑑があるかも。

友人に相談してみたら「部屋が傾いているからじゃん」と言われた。なるほどね。クローゼット自体の立て付けは悪くないんだけど、重力には勝てん。それなら仕方ないと思っているうちに水回りが壊れた。廊下には水があふれ、北向きの玄関へ、ツーっと滑っていった。友人の言葉は正しく、本当に家(もしくは部屋)は傾いていたらしい。ただ、クローゼットは南向きに開く仕様だった。傾きを信じるのであれば、ひとりでに開くのではなくひとりでに閉まらなくてはならないはずだった。

水回りはすぐに直してもらったのだが、数日しないうちにまた壊れてしまった。これは下水の配管からどうにかしないと、いうことになり、配管はクローゼットの床下からいけるらしいので業者さんにお願いした。私は仕事だったので朝のうちに荷物を移動させて、大家さんに立ち会ってもらうことになっていたのだが、昼くらいに大家さんから「なんか下水につながる扉のところ、変に硬くて開かないんですけど、なんかしました?」と電話が来た。するわけないでしょ、勘弁してくれ。「あーいや荷物おいてたくらいです」「よねえ」ぜったいに死体が埋まってるじゃんと途方にくれた。私はホラーが好きなので、床下に死体なんて親の顔よりも見た展開だった。もちろんそんなことはなかった。水回りは直ってもクローゼットは開き続けた。

本当に、本当に本当に腹が立ったので、ある時からクローゼットは開けっ放しにしてある。閉めなければ開くことはない。空気もこもらないからカビづらいし。たまに来客があってクローゼットを閉めることはあれど、客人が返ったら私が開けるようにした。負けたくないので先手を打つ。あれ、もしかして未来の自分の仕業か?

クローゼットが開くことを大家さんに相談しようと思ったけれど、もし、万が一にでも「前の住人もそんなことを〜」とか言われたらさすがに怖すぎるからやめた。開く対策を講じないまま私へ貸した大家さんに対しても。いや講じていたのかもしれないけど。そういえば前の住人への封書がいまだに届く。そのたびに「住所変わっています」と一筆添えて返送したり、郵便局にも行ってみたが意味をなさない。長形40号で、厚みがある。

そういう部屋なのである。


沖縄に移住した友人とzoomで飲み会をしていたら部屋の話になり「そんならガジュマル買うとけ、キジムナーがやってきてうまいことやってくれるはずや」と教えてくれた。香川出身なのにもうキジムナーがいる生活を受け入れたのかよ小癪なやつだ。べつに、いまでもいい具合に部屋との折り合いをつけているが、もちろん勝手に開く部屋よりも勝手に開かない部屋の方がいい。ただガジュマルは沖縄のイメージだから、キジムナーは沖縄にしか現れないかと思ってたら、別の沖縄出身の友人が「キジムナーはどこでも住むよ」とのことだった。出身者がいうなら間違いないので私も東京へ呼ぶことに決めた。それが去年の四月のことである。1年以上が経った。

冒頭の友人と、せっかくなので植物に名前をつけよう、それも好きな作家の登場人物にちなもうということになり、私はもちろん小川洋子を選んだ。友人はよしもとばなな「ムーンライト・シャドウ』から等。小川洋子はなかなか登場人物に決まった名前を付けないのだけれど(私とかR氏とか彼女みたいなのが多い)、幸い『博士の愛した数式』のルートがいたので彼から拝借した。頭のてっぺんが平らなのでちょうどいい。ルートくんのために霧吹きも買う。まだ1週間も経っていないが、黄緑色をした新芽がぐんぐん伸びはじめている。いまのところクローゼットはまだ勝手に開く。

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