夜空

中学のころからの友人、寛次郎と通話したことで判明したこと。いや、予兆はあったんだろうなと振り返ると今思う。あの写真を見て、気づいた。目を覚まされた。ああ、俺、好きになったんだ。この会話の中でしか想像できなかった白いワンピースを着た女の子を。桜並木でひときわ輝く女の子を。寛次郎からその子のことを聞かされて、興味の部類に入ってたんだと思う。けど、まさか好きになるなんて。会ったこともないのに、内面だけで。でも、彼女が移っていた写真を見て確信したんだろう。この子は俺にとって、とっても素敵な子だって。胸を焦がすくらい、唯一の存在だって。口元しか顔をうかがえなかったけど、僕の特別なものになったんだ。
 顔を合わせたこともない子に恋をしているなんて、なかなか気づけないものだけど、そこまで鈍感だとは思わなかった。裏で寛次郎にニヤニヤされてたかもしれないと思うと急に恥ずかしくなってくる。しばらく会いたくないな。
 そんなわけで自分が恋をしていることを知った俺が先ほどの悩みを抱えているのも実は彼女が関係している。彼女はこの春、俺と同じく大学一年生になり、新生活をスタートした。それは俺自身構わないのだが......彼女の進学した大学に懸念をしている。彼女の進学先は国に認められたインターナショナルスクールで日本有数の外国語大学。さらに超難関で有名な外国語学部の学生になった。
 え? まだ、なんで悩んでいるから分からないって? なんでここまで言ってわからないのか......。
 彼女の大学は学内の雰囲気も学生もインターナショナルでグローバルだから、まるで外国の地にいるかのような錯覚する場だ。あちこちで英語が飛び交い、金髪で青い瞳をした女性や色黒のたくましい男性が当然のようにいる。それも構わないのだ。彼らを否定してはいない。しかしだ。外国の人々、雰囲気......そんなところでは気軽に肩を組んでくる他学生がいるに違いない。彼らの文化を批判はしないが、彼女にもボディータッチがあるかもしれないと気になってしまって、正直新しい友達ができるだろうか講義についていけるだろうかなんてことは全く頭に入ってこなかった。
 俺は彼女の新しい門出を祝福するも外国出身学生のボディータッチが彼女に及ぶだろうことを恐れているのだ。今、大したことないので悩んでいるかと思っただろうが俺もそう思う。日本人にだってそういう人はいる。特に東京では。
 でも、でも。どうしても気になる。彼女が嫌ではないなら止める権利なんてないし、そもそも彼女の大学生活について口出す人間ではない。
 けど、けど......気になってしまう。小さい男だな、俺は。
 なので、俺は不安でいっぱいになるかと思っていた大学生活を恋する彼女に神経全部持っていかれた軟弱で面倒くさい男として出発した。



 ほぼ満員電車の中、揺られながらスマホを見て人の多さを気を紛らわせる。車窓から見える高層ビルの大群はもう驚かなくなった。大学の最寄り駅『北峰駅』を下車して五分、現在通う大学の校舎が出迎える。同じ在校生の人込みの中を過ぎ、一時限目の教室へと向かう。入口の扉の前で学生所をリュックから取り出して壁に設置された専用の機械に差し込み、緑色の光が輝く。その直後に扉の鍵が開き、下り階段のように並んだ席をなんとなく気分で選び座る。今日は左の端っこだ。まぁ、だいたいここらへんだが。俺はこの大学で社会学を学ぶべく、社会学部・社会学科に在籍し、毎日教授の授業を受けている。社会学とは簡単に言うと社会における生活や問題を研究する学問で、誰であれ関係のある分野だ。研究の対象が人間や社会なので領域は非常に広い。実に細かく分野が分かれていてすべての分野を制覇した者はないだろう。身近な疑問に迫るところが性格に合い、この大学を志望した。学生はどちらかというと男子の方が多いが比率はさほど変わらないだろう。教授の講義は淡々としていてつまらないという生徒いるが俺は結構気に入っている。論理的で簡潔、たまに豆知識を織り交ぜる教え方は他の生徒にも人気がある。
「では、今日はここまで」
 教授の一言の後に鐘が鳴り、一時限目が終了した。
 さて、次の講義の教室に移動するかと立ち上がると、男にしては高い声が俺に飛んでくる。
「おーい! こっちー!」
振り返ると胸元に小さく手を振る女子のような雰囲気をまとう、たんぽぽの綿毛に似た青年が笑いかける。はいはいと荷物を持ち、彼のそばへ行く。
「おはよー」
「おはよう、暖人」
 やわらかい口調であいさつする青年の名は暖人。大学でできた新しい友人だ。茶髪のふわりとしたくせっ毛のに周りを癒すオーラを漂わせている。流行の先端を行くオシャレ男子で、そのセンスはうとい俺でもすげぇなと感じるほどだ。優しい性格とのんびりした落ち着きに顔が整っているので、大学の女子に人気がある。校内を歩けば必ず数人の女子は暖人を見ている。そして黄色い歓声が聞こえてくる。さらに落としたハンカチを紳士的に拾ってあげる女子への気づかいもある。モテないはずがない。女子にとにかくモテる暖人だが、意外にも男子にとっても話しやすく、初日の説明会で隣の席になったことから仲良くなり、今に至る。
「次の授業、同じだよね? 一緒にいこー」
「おう」
 二人で教室を出て廊下を進む。今日もまた女子の暖人への視線は熱いが本人は気づいていないようだ。こいつは鈍感だから困る。まぁ、イメージ通りだけど。光りを放つ笑顔で俺の隣を歩く暖人はいつも機嫌がよさそうだ。平和な奴だ。いつか俺に代わりに「ラブレターを渡してくれ」と言われさうで心配だ。どうしたらいいんだよ。拒否するわけにもいかないし......。いやいや、まだ起こってもないことで悩むな! まだ始まって三週間。そんなことは起こらない。
ん?どうしたの?という目で暖人が見つめてくるので、何でもないと首を振る。暖人の女子にモテすぎるところは今後不安だが、大雑把な俺の話に付き合える奴はそこそこ貴重だからいい奴だと思ってる。暖人のおかげで楽しく大学生やれてることもあるし、充実している。そうこうしているうちに二時限目の教室に着き、席に座る。
 こんな感じで新しい友達・暖人と出会い、大学生活は順調に過ごしていた。
 


弱っちく彼女に恋をする俺は、彼女のことを勝手に心配していて落ち着かない日々が続いたが、大学の友人と大学生として社会学に取り組む中、心待ちにしている予定がある。寛次郎と会うつきだ。もちろんあいつは目当てじゃない。あいつの話の内容の方だ。月に一回寛次郎と会う日は彼女の近況が聞けるので毎回楽しみにしていて、その日を今か今かと待ちわびていた。しかし、残念な形に転ぶ。
「悪い! 俺、その日ゼミがあって......行けねーんだ! 他の日もバイトで......」
「そうか......。分かった、また来月にしようぜ」
「ごめんなー、予定合わせられなくて」
「いいよ。仕方ないだろ、ゼミは。それに俺もこれから忙しくなりだろうし」
「大学生って意外と忙しいな。あんまり無理すんなよ、じゃあ」
「おう。またな」
 真顔でスマホの画面を見つめる。
 なんとなくあいつのいつもより低い元気のない声でダメかなーと呟いてて、察していたがやっぱりか。
 分かっていたけど、残念なのは残念だな。また来月か......。
 電話で言っていた通り、来月もかけるも折り合いがつかず、再来月も今度の俺の予定が埋まってしまっていて合う約束もすることができなかった。その後も、俺の寛次郎も大学が忙しく、会うことはできても月一回のペースでは落ちていき、彼女に関する情報はほとんど入ってこない。会っても、長く期間が開いているため、お互いの話が中心で彼女についての話は合間を縫うような時間なのだ。本当に付け足す程度だったが、それでも俺でも大事なことに思えた。
 ちょこちょこ彼女の近況が俺の中にたまっていくとはいえ、毎月だったものが、二、三か月に一回になるとさすがにへこむ。寛次郎と会うペースが減っていく度、気分は下り坂を無力に回り続ける林檎のように下がっていった。
彼女が今、何をしているのか想像していることばかりで、夜はよく星空を眺める。同じ都内に大学があって電車を乗り継げば会えるような距離なのに......。
近いようで、遠いんだなとしみじみ痛感した。
 受け身ばかりの今までの俺だったが、今回はこのままではいない。寛次郎に会えなくともメールや電話を使えば、彼女に関する情報を入手可能だ。決意を固め、メール作成画面を開くが、どうもこれ以上進めない。彼女の近況、情報、うまくいけば彼女の連絡先を聞こうと思うが彼女のことが好きだと寛次郎にバレたくないし、陰でニヤニヤされている可能性もあって身動きが取れない。それに、そんな勇気もなくて自分にがっかりした。
「あ! そうだ」
「明日、朝早くから大学行かないといけないんだ!!」
詰め込まれた明日のスケジュールを気が付き、慌てて部屋を飛び出して階段を駆け下りる。夕飯を腹に流しいれ、風呂を早急に上がり、歯磨きをしてベットに潜って目をつむった。


「悪い......遅れた!」
「あ! 来たね。待ってたよ」
 息を切らして大学に着いた俺を先に来ていた暖人が休ませる。
「大丈夫? 一旦休んだら? まだちょっと時間あるし」
「おう......そうするわ」
 荒い呼吸を何度かしてやっと整う。心臓の音も収まり力が抜ける。
「間に合ってよかったね」
「ああ。......なんで朝から教授の手伝いがあるんだ」
「准教授さんがいないみたいだね、何かのようで。それでゼミの教え子に頼んだ」
「でも、他の職員に任せればいいだろ」
「そこまでのことじゃないみたいだよ。だから、頼みずらかったんじゃない? 僕たちができる程度のことならよかったじゃない。まぁ、教授にしてはすごく珍しいけど」
 遅刻しそうになって急いでいた影響で若干苛ついている俺を、暖人が聞いた話を交えてなだめる。暖人は早朝に呼び出されたことを特に気にしていないようだ。俺も別に嫌ではないけど、少しは時間のことを配慮して欲しかった。実家通いの俺にはいつもの通学時間より前の出発は厳しいものがある。
「あ、教授いた。そろそろ行こー」
 外から廊下を歩いている教授の姿を見つけたので休憩の時間は終了だ。
「......そうだな」
 面倒くさがりつつ、教授に頼まれた雑用をこなし、そのまま講義に出席した。次の日はバイトが暇がなくて動きっぱなし。また次の日はレポートに追われ、一週間がレーシングカーのように高速で気が抜けず消えていく。 忙しいのは高校の先生がよく言っていたけど、ここまでかよ。きつい。疲れの色が見えるがそうもしていられない。まだやることは山積みなのだ。彼女の近況や大学での姿、どんなことで笑っているのかも思い浮かべられず、考えられず、あの時振り絞ろうとした勇気は大学生活の多忙さに流されてしまった。

 大学に入って三年がたち、三年生になった頃には彼女のことは正直諦めかけていた。濁して彼女のことが好きだと言っても寛次郎は察することはなく話を続けてしまう。それに、会う予定を立てるもなぜか合わない。
「また、どうせ予定も聞いても合わなくてがっかりするだけだろうな」
 心の中で悲観に暮れて落ち込み、講義のない午後に人込みのある交差点を青信号と電子音の合図で進む。反対からやってくる通行人を避けて歩いていると、不意にすれ違った女性に俺の直感が反応した。
 夕子に一緒に写った写真で口元に笑みを浮かべていた彼女に似ていた。
 もしかして、彼女かもしれない。
 自分の直感を信じて即座に後ろを振り返り速足で追いかけるも、赤信号の音と共に去ったしまった。掴みかけたかもしれない機会を俺は逃してしまった。家に着いてもおそらくすれ違ったであろう彼女とのあの瞬間が忘れられなくて諦めていた気持ちが立ち直る。胸に残る言葉ではない感情を刻みつける。
 きっといつか見つけ出してみせる。必ず会いに行く。
 立った一瞬すれ違ったあの時が、きらめきで、驚きで、喜びで、待っていた瞬間だった。
 あの写真を見ただけで、すれ違いざまの彼女が分かったんだ。次はきっと見つけられる。
 わずかな彼女ともかかわりと自分の自信を取り戻して、一生をかけた決意をした。

それからのこと、彼女の大学付近を歩いてみたり、寛次郎からうまく引き出そうと会話には苗雄逆瀬に見たりするなど、できる限りの努力はしたが結局彼女には会えていない。ため息ばかりはいてしまう毎日だ。しかし、やめない。決心したのだから。あの直感があれば、また会える。機会をつかめる。叶わないかもしれない。でも、ひたすら、そう信じて。
少しづつ彼女に関する情報が集まってきて、いよいよ本格化しようとするが終活が始まり、忙しい日々に逆戻り。
「なぁ、暖人。お前、もうエントリーシート書き終わった?」
「......えーと。あ、まだ終わってなかった! どうしよう!?」
「俺もまだあるんだよ。協力して書かねぇ?」
「そうだね! あ、あとさ、今度展示場でやる大規模合同説明会、一緒に行こうよ。結構大企業来てるからいいと思うよ?」
「おー、もうそんな時期か。いいぜ、俺も行こうと思ってたとこ」
「よかったー! 当日までに持ち物とか確認して、無ければ買い足さないとね」
 暖人を含め友人、おや、大学、バイトの中でも就活の話題が尽きない。予定が目白押しで紙の手帳がこんなに役の立つのかと思うときは今以外ないだろう。紳士靴で走り回り、背広を汚して一日を終える毎日。もちろん彼女のことなんて、頭の片隅にも存在していなかった。進展などもせず、就活を身を粉にして乗り切り、一般企業への内定をもらい大学を進学した。

 苦しくも楽しかった学生生活も終止符が打たれ、最大の難関であった内定をもらえた俺は余裕のある日々を謳歌していた。友達と遊び、やりたかったことに手を付け、時間に縛られず過ごす時間はとても生き生きとしていた。
 ある日、寛次郎との恒例のお喋りの予定が入り、久々にカフェで会おうと言われた。いつもはファミレスなのにカフェ出会うなんて珍しいなと思っていたら待ち合わせ場所兼入る店である、近頃女子に人気店の入り口前に立っていた寛次郎の隣に見知らぬ女性がいた。彼女できたのか!? と驚いたが否定される。
「いやいや、違う。俺らの中でお馴染み、幼馴染の夕子」
「こんにちわ。初めまして! 夕子です」
 黒いシンプルなニット帽にパーカーが付いた落ち着いたニットワンピース、手に英単語が書かれたクラッチバックを持ってカジュアルな服装で夕子は俺に挨拶した。
 確かにすげー美人だな。顔の周りがキラキラしている。髪に艶があって綺麗。愛嬌もあってかわいい。寛次郎、大変だっただろうな。
 夕子の話長さとは違う部分で寛次郎の苦労を感じ取ったが本人は見た目の良さだとかは興味がなさそうなので、そうでもないかと苦笑した。全員揃ったので俺と寛次郎、そして明るそうな夕子を加えて三人でカフェへ入る。セルフオーダー制なので先に飲み物を注文し席へ移動する。カフェオレを飲みながら俺たちは会話を交えている。
「まさか夕子を連れてきているとは思わなかったな......びっくりした」
「何回も話に出てるから、そろそろ会ってみたいと思ってるかなと思って連れてきた」
「そうだったんだ。どう? 話の中の印象と違う?」
 夕子の印象はあってもあまり変わらないが気さくで明るいところは意外かもしれない。話がとにかく長いとは聞いていたが、寛次郎なだけあって他の人にはおとなしい感じだと思っていた。でも、そういや言っていたような気もする。初対面の俺にも臆さず話しかける性格なのは想像と違ったし、ありがたい誤算だ。
 そして、俺の前で仲良く話す二人はやっぱり幼馴染だな、仲良しだなーと相槌をしながら見ていた。夕子ともすぐに打ち解け、お互いの身の上話や世間話で談笑した。
「あはは! 相変わらずだね、寛次郎は。詰めが甘い」
「詰めが甘いって......そこまで馬鹿じゃねーよ」
「大したことないけどね、やっぱり甘いよ」
「遠回しに馬鹿馬鹿言うな。ちょっとした日常の風景」
「いい感じに言ってんじゃねーよ」
「お前すら俺の味方じゃねーの......?」
「大学入って最初の一年は本当に大変だよね! 分からないことだらけだし」
「そうだなー、慣れるまで相当苦労した」
「あの子の大学とか特に大変なんじゃねーの? 国に認められた大学だろ?」
寛次郎の素晴らしい発言のおかげで彼女についての話になり、近況を聞き出した。
「あ、そうだったな。単位とるのに必死になってそう」
「うーん。特に困ってるって話は聞いてないけど、あの子気を使うから。でも、何でも器用にこなしちゃうし、それほどでもなかったのかも」
「英語得意だろうし、外国人の先輩にも質問できそうだな」
「そうそう。大人しいけど、意外とポジティブで行動力あるし」
「へぇー......。大学は無事卒業して、内定はもらえたのか?」
「うん、決まったって。外資系の大企業に就職するって言ってた。今は私とかと遊んだりしたりしてるんだけど、『就職後のことも考えないと』って就職したら必要になりそうなことを勉強してるよ。真剣に取り組んでいるみたい」
 それを聞いてほかの二人は関心と尊敬の言葉を重ねる。
 本当にすごいな。同調し、そうだよねーと夕子は笑って返す。
「本当、真面目なんだよね」
 話題が乗りに乗ってきたのでさりげなく興味があるのを隠しながら彼女について深く聞いていくと、嬉しそうに夕子は答えてくれた。性格や好きなもの、嫌いなもの、最近の出来事、夢中になっていることなど十を聞けば十以上帰ってきた。さすが彼女の一番の親友だ。とても細かく出来事を俺に話してくれる。彼女のことを話している夕子の顔は本当に楽しそうだ。
「へぇー、そんなこともあったんだ。真面目だけど明るい子なんだ」
「うん! そうなの。なかなか仲良くならないと気づかないんだけどね、本当にいい子なの! 優しくて、明るくて、よく笑ってくれる。いい友達だよ」
「親友がいるってのはいいな。その子も夕子がそう言ってくれて喜んでるよ」
「そうかな?でも、あの子なら何しても喜んでくれるから......きっとそうね」
「でさ、あとは......」
「寛次郎から話ずっと聞いてて気になるのは分かるけど、これじゃあこの話で時間使っちゃうよ。そんなに気になるなら連絡先教えてあげる。いい人だし、私からも言っておくよ」
 クラッチバックからスマホを取り出し、夕子は寛次郎を介して俺に彼女の連絡先を手に入れた。
 よっしゃ! と心の声を上げて、そのあとはルンルンで三人での会話を楽しみ、日が暮れ、夕方になったので二人と別れた。家の最寄り駅に到着して見慣れた帰り道の夜を一人進む。
 本当にいい一日だった。彼女のことは夕子からたくさん聞けたし、寛次郎とくだらないやり取りができて、おまけに寛恕の連絡先をもらえたし、夕子との人間関係も築けた。俺にとって最高の一日だ。悪いことなど一つもないとてもいい日。いい収穫があったとご機嫌になり、鼻歌を歌いながら歩いていたら前を見ておらず肩が電柱にぶつかった。
「いってー! マジ......痛い」
 最高の日の最後に不運が襲い、俺の起源は一気に下がる。
 なんだよ。これがなかったら本当に最高の日だったのに。
 肩の痛みに耐えながらも彼女に直接連絡が取れるようになったことを喜んで、夜空の下、ステップを踏んだ。

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