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品品喫茶譚 第94回『尾道 そごう 喫茶部あくび 凡夜READING CLUB 尾道に登場するのこと』

連休初日ということもあって、人手を少し警戒していたものの、尾道駅はそこまでではなく、ましてや商店街とは反対の方角に在する宿の周りは至極穏やかなものであった。
チェックインまでには今しばらく時間があるので、ギターケースを預け、そごうで昼をすませることにした。
時刻は14時過ぎ。昼飯時のピークを越え、店は凪の時間を迎えていた。店内には私のほかにお客はひとり。スピーカーからは、ましゃ、いや福山雅治のラジオが延々かかっている。
カレーを注文する。
そごうのソファは私のマイベストフェイバリット喫茶店ソファのひとつである。落ち着いたグリーンを基調としたそれは、非常に座り心地がよく、また目にも優しい。恋は盲目ついでに言えば、その緑を背景にカレーもより美味しく引き立つように思える。
空いているのに、一番奥の角っこを選んで座ったため、店のママに大変な思いをさせてしまった。ママはいつも丁寧で穏やかなかんじなので、より申し訳ない。十二分に休養させていただき、来た道をまた宿に向かって戻る。
通り沿いの電柱に忘れ物のキャップがかかっていた。ルート66。この辺りは観光地というよりは尾道に暮らす人たちの生活圏に近い気がする。

宿に着いて、チェックインを済ますために列に並ぶ。私以外の宿泊客はみんな自転車を持っている。

「温かいのと冷たいのとどちらがいいですか?」

「冷たいので」

おっさんが答える。

「温かいのと冷たいのとどちらがいいですか?」

「冷たいほうを」

私も答える。
これはおしぼりの話。
この宿は二年前に尾道に来た際、大島てるに変な投稿を見つけた場所である。
簡単に言えば、酔って宿に帰ると部屋に老人の霊が出てああびっくらこいた、みたいなよく分からない怪談だったが、そのくせ具体的に部屋番号まで書いてあったので、もしそこに通されたら、おっかないけど、結構面白いなと思っていた。
違う部屋だった。
早速いただいた冷たいおしぼりで顔を拭く。体も拭き、その上、シャワーも浴びる。
イベントの前に風呂に入るのは私のルーティンのひとつだ。今日は夜に喫茶部あくびで弐拾dB藤井と凡夜READING CLUBなのだ。
ずっと楽しみにしていた日である。

16時過ぎ、商店街をとぼとぼ歩き、喫茶部あくびに到着する。

「宿泊の方ですか?」

この店の横にはあなごのねどこというゲストハウスがある。

「あ、いやイベントでー」

ご挨拶して、席に座る。
アイスコーヒーを注文し、しばし憩っていると、藤井からメールが来る。藤井は弐拾dBで待ち合わせと約束したのに、私が待てど暮らせどやってこないので、連絡をくれたらしい。
それもそのはず、私はあくび集合だと思い込んでいた。すまないことだ。アイスコーヒーをちゅうちゅうやっていると、
まもなく藤井がやってきた。
それからは、藤井と藤井の友人の方やゲストハウスのつるさん、あくびのみなさんらでみんなで会場準備を進める。ありがたかった。

ひとり海沿いの防波堤で缶ビールを決めていると、あっという間に時間になる。
本番が始まる。
いつものように数曲歌い、そのあとは藤井と二人で延々トーク。
今回は恥ずかしいTシャツを着てくる、自分たちのラジオ番組が始まったらかけたいと思っている曲をレコードでかける、という二つの柱で話を進めていく。
私の恥ずかしいTシャツはガガガSPのイケ面殺しと書かれたもの。白地に筆で書いたような字があしらわれている。出オチだ。何より恥ずかしいのは大学時代に購っていたものなので、妙にサイズが小さく、ピチピチ過ぎたということだった。とてもではないが、Tシャツ一枚で皆さんの前にはいられない。すぐに上着で隠す。
藤井のは珍妙なピンク色のTシャツ。
胸元に英語で「うむはやすし、おこなうはかたし」と書かれているもので、極めつけに背中にその英文の頭文字をデザインちっくに「ETSD」とあしらった目も当てられない恥ずかしいものであった。藤井はTシャツで過ごしていた。大義なことである。
レコードをかけながらのトークは非常に楽しかった。ゆるくてふわっとした優雅な、いつ終わるのかも分からない不安で心地のいい時間だった。友部正人、浅川マキ、RCサクセション、友川カズキ、松山千春、とかをかけた。
今日も満席だった。観てくれてありがとう。

打ち上げはいつか行ったラーメン屋と、いつか行ったロダンというバーだった。楽しかった。ダメ押しに入ったスナックではカラオケを少しした。素晴らしき退屈だった。
酔った頭で二人尾道を歩く。
こんな時間こそが凡夜READING CLUBである。

飲んで帰ってくると、駐車場に男か女か分からない老人が座っていた。部屋に入ると、その老人が今度は自分のベッドに座っていたが、眠かったので、そのまま寝た。朝起きると、胸に赤い足の跡が二つついていた!
それ以来、このホテルは使っていない。

という書き込みを思い出しながら、ベッドに横になる。
カーテンを開けたままの窓から海が見える。
ぼんやり見ているうちに眠ってしまった。

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