春2007

大学の卒業式。

周りを見渡してみても、初めて見るような顔ばかり。

入学式の時となんら変わりはなかった。

入学式以来の仏像の御開帳に、学長の挨拶、4年前にタイムスリップしてしまったかのような妙な気分になりながら式を終えた。

学位授与式は8号館で行われる。

ずっと独りで歩いていた味気ない校舎ではあったが、それなりに感慨深い。

今日でここともお別れかと思うと味気ないなりにもセンチな気持ちになるのだった。

8号館の教室に入ると、まだ誰も来ていなかった。

皆、学友との最後の思い出作りに忙しいのだろう。

10分、15分、20分・・・・・・・・

誰も来ない。

25分、30分・・・・・・

変な汗が出てきた。

35分、40分・・・・・・

ここが9号館であることにようやく気づく。

今まで馬鹿の一つ覚えのように通った教室を最後の最後に間違え、しかもそれを誰にもつっこんでもらえず、ボケにもできない状況は地獄だった。

急いで8号館に向かうと、すでに授与式は始まっていた。

ここではさすがに授業で顔を合わせた顔見知りが何人かいたが、それでも気軽に話せるような人は一人もいない。9号館に行ってしまったことを誰かに話せたらすごく楽になるのに(全く面白くもなんともないが)それができないのが息苦しい。

教室の隅の席に隠れるようにそっと座る。

授与式が進んでいく。

ふと隣を見ると同じゼミだったKさんがいた。

男は皆スーツ、女の子は振り袖がほとんどだったが、Kさんは私服だった。

茶色のブルゾンにジーパン姿のKさんは名前を呼ばれると、気怠そうに返事をし、前に出て行った。

堂々としているKさんがすごくかっこよく見えた。

それに比べ、馬鹿のように走ったため大量の汗をかき、着慣れないスーツに身を包んでキョドキョドしている僕はいかにも冴えなかった。

授与式の後、正門前で集合写真を撮るために待たされた。

皆、記念写真を撮ったり、抱き合って泣いたりしていた。

僕には思い出がなさすぎた。

あまりになさすぎて、必死に頭の中で色々、思い出そうとしてみたが、夏に構内で雪駄の鼻緒が切れて裸足で帰ったことくらいしか浮かんでこなかった。(その時も誰にもつっこまれていない)

誰とも喋らず、誰からも話しかけられない僕は、下を向き、携帯に目をやり、地元の友達に何度も電話をかけたり、何度もメールの問い合わせをしたりして、忙しいふりをした。

電話には誰も出なかったし、メールも一件も来てはいなかった。

誰も僕のことなど気にしていない。

それでも惨めに思われたくなくて、何度も何度も携帯を見ていた。

そんな僕はとてもとても惨めだった。

最後に謝恩会の会費を払った。

最初から出るつもりはなかったが、払わないといけない空気から逃れられなかった。

3000円の出費もなんだか哀しかった。

正門を出ると、皆が楽しそうに曲がっていく道とは反対の方向に進んだ。

一刻も早く家に帰りたかった。

ダッシュして、来た電車にすぐ乗った。

早く三軒茶屋の空気が吸いたかった。

三軒茶屋の街に着くと、ほっとした。

数日後、卒業アルバムが届いた。

いかにもわざとらしい作り笑いを浮かべた僕が写っていた。

春からは新しい生活が始まってしまう。

就職もせず、何をしたいのかも分からない僕は途方に暮れた。

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