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品品喫茶譚第37回『北九州 小倉 カフェドファンファンからドン、そして紫留来』

夜が白々と明け始める頃、家を出てタクシーで京都駅へ向かう。すでに動き始めた街と昨日の残骸がうろつく中を新快速で新大阪まで。朝焼けの眩しいホームから新幹線に乗って向かうのは初めての街・小倉である。
案の定、昨晩うきうきしながら用意してきた旅用の本を開く間もなく寝落ちし、あっという間に小倉の街に着くと、すぐに一軒目の喫茶店に向かう。
まだ午前中である。駅前のアーケード。パチンコ屋が開店準備を始めている。昔ながらのパン屋に行列ができている。飲み屋街は静まりかえっていて、店員さんが道路に水を撒いている。

カフェドファンファンは駅前からアーケードを右に抜けた先の方にあった。店に入るとテレビでは国会中継が流れており、客は数人、みな一人で来ているようだった。その日の小倉は雲ひとつない晴天で日差しのとても強い日だったから、アイスコーヒーを注文し、しばし店内を眺める。青年がずっとノートパソコンに向かって何か打ち込んでいる。老人は新聞を広げ、女性は店に備え付けられた週刊誌を数ページごとにカメラで撮影している。女性のしていることは良いことではない気がするが注意するのも難しい。書店員時代、売り場で雑誌の中身をよく写メる人がいたが、絶対に注意していた。その行為は泥棒である。
入口には漫画も置いてあって、ことにスラムダンクが懐かしかった。私が見たときがそうだったのか、そもそもそうだったのかは分からないが、二十四巻と三十巻が見当たらなかった。つまり豊玉戦の決着と山王戦の佳境、三井がへろへろなのにスリーポイントシュートを決めるという、私が読むたびに泣いてしまう場面が読めないということになる。実家に帰ったらスラムダンクを読み返そう。
ファンファンは家が近くにあったら絶対に通うと思う良い店だった。
 
二軒目はドンという喫茶店だった。店に入ると、やや焦った様子の店主があと五分で米が炊き上がるという旨を教えてくれた。常に店主は焦っていたが、何がそんなに彼を焦らせていたのかは分からなかった。ビーフカレーランチを注文する。550YENという異常な安さだった。店内には緑のオウムがおり、棚の上のツボにすっぽりとハマっていて面白かった。その下にはフクロウの置物が三つ置かれていた。上に本物、下に置物。 
店内では書の展示がされており、私がカレーを食している間、壁に飾られた幾多の書を観るために、その書を書いたであろう師匠の弟子たちがテーブルの周りをうろうろする。少しそわそわしてしまったが、しょうがないことではある。
カウンターには縄文土器と弥生土器の中間の時期位に作られたっぽい形をさらに模したであろう土器が置かれていた。
和のテイストの喫茶店は一歩間違うと難しい部分があるが、ドンは絶妙なバランスの上に成り立つ喫茶店だった。ジャズがかかっていたのも良かった。
 
ドンの近くには紫留来(シルキーだろうか)という喫茶店があった。外観には店名がこれでもかというくらい書かれていて、その当て字の感じと相まって、面白かった。ここには一匹のトイプードルがおり、どうやら店のアイドルになっているようだった。椅子の上に寝転び、狭いスペースにはまる形で昼寝をしていた。そんな所作もいちいちかわいいのだろう。

私は九州の喫茶店に来ると、いつもカルコークを注文してしまうのである。
カルコークとはコーラとカルピスをミックスするという悪魔の飲み物のことで、そのいかにもカロリーの高そうな組み合わせと、その極上の甘さとさっぱりさの融合に恐ろしさすら感じる代物だ。これをいただいているときの背徳感と言ったら、ちょっと筆舌に尽くしがたい至高の時間であり、私はメニューにカルコークの文字を見つけると、九州に来たなという感じがして嬉しくなるし、何より常日頃から、初めて入った喫茶店ではブレンドを注文するなどというマイルールを決めていたところで、カルコークを注文しないことは不可避であり、結局カルコークうんまあ、ということになる。

来週へ続く。

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