ブルース
数年前のある日、ライブの帰り道、下北沢駅前の十字路で悪魔に逢った。
悪魔はギターを背負っていた僕に「兄ちゃん、ブルースか?ブルースだな」といきなり話しかけてきた。
悪魔は小柄で貧弱そうなおっさんの姿をしていた。
それが逆にとてもおっかなかったのでそそくさとその場を離れようとすると、悪魔は結構な大声で「ブルース!」と言い、雑踏の中に消えていった。
もし僕がブルースをやっていたら、その日何かに目覚め、今頃、ミシシッピー辺りでぶいぶいギターを鳴らしていたかもしれないが、残念ながら其の頃から僕がやっていたのはフォークである。悪魔に売るものが何もなかった。
それから数年、このおっさんのことは忘れていたのだが、ある日、書店で手に取ったある本の記述に我が目を疑った。
僕と同じようにブルースのおっさんに絡まれていた人がいたのである。
それはピースの又吉直樹さんだった。
しかも又吉さんの場合は僕よりもおっさんの相手をしてあげたためにもっとめんどくさい状況になっていたが、最終的におっさんが大声で「ブルース!」と言って去っていくラストシーンは一緒だった。
この話は又吉さんの「東京百景」という本に「下北沢駅前の喧噪」というタイトルで載っている。
嘘のような本当の話。
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