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品品喫茶譚第75回『東京 神保町 伯剌西爾 ミロンガ・ヌオーバ』

伯剌西爾は神保町に行くたびに必ず足を運ぶ喫茶店だ。
古書店を巡り、三省堂で新刊を見、ふらふらと伯剌西爾へと続く階段を降りる。大抵、右側の席へ行く。そこで購った本をいじくってみたり、イヤフォーンで音楽をゆっくり聴いてみたりする。元々、かどっこや隅の方にはまり込んで大人しくしているのが好きなので、伯剌西爾の地下のびたハマり感はとても頼もしい。この店は元々好きだったが、懇意にさせてもらっている文筆家・荻原魚雷氏が行きつけであるという点から、さらに好きになった。

最近、伯剌西爾の斜向かいにミロンガが移転した。
三段跳びの選手なら、文字通り三段飛びで移動できるくらいの距離だ。正確な距離は分からないが、徒歩四秒、走れば二秒で二店間を移動できるだろう。以前の店舗の趣を残しつつ、現代にもマッチしたいい喫茶店だ。
案内されたカウンターの席には色々な純喫茶のマッチが飾られ、それを眺めているだけでも楽しいのに、なんとコンセントも自由に使えるようになっていた。ドライカレーを注文する。日和って中辛にしたが、次は辛口にしようと思った。出版社が多いこともあって、店内は編集者っぽい方々でにぎわっている。ノートPCを広げているビジネスパーソンもいた。
恐る恐るスマホを充電していいか、店員さんに聞いてみる。もちろん使っていいとのことだ。
最近、私は充電が100%になっていないと気持ちが悪い、尻の座りが悪い。気がつけばすぐに充電してしまう。あまり充電ばかりするのも良くない、というのはよく周りから聞く話だけれども、私のスマホはiphone7plusというただでさえ、最新のものからダブルスコアをつけられているだけでなく、もはやスコンクで軽く吹っ飛ばされそうな古い機種である。
当然、充電の減りも早いし、二年前には、もう充電池が駄目だということでアップルストアに足を運び、小一時間ほど向かいにあるドトールにて冷コーをシパシパしばきながら待つうちに取り替えてもらったが、これがもう本当にとんでもない欠陥品で、数日後、ソファに寝転がって呑気にサッカーゲームなどに興じていたところ、スマホがごっつ熱くなり始めるや、すごい勢いでもくもく膨れ上がり、まるで焼き餅のごとく、いまにも破裂せんばかりになって、かなりおっかなかった。このとき私の頭の中には、胸ポケットあたりに入れていたスマホが熱か何かによって膨張し爆発し、持ち主が大変なことになった、といういつだったか確かにどこかで観たニュースがよぎった。急いでネットを切り、スマホの電源をオフにすると、徐々にスマホは冷めていったが、その身体はまだ焼き餅のように膨らんだままだ。こいつはすぐに二度目のアップルストアですやん、ということになり、すぐに予約、そのせいで翌日の半日が潰れ、ようやく巡ってきた私のスマホ診断タイムには、スマホを見るや、アメリカ人の女性スタッフの方が思わず「ワオ」と声を上げる程、重症だった。しかし、これはこれでちゃっかし元通りに治せるらしく、向かいのドトールに足を運ぶまでもなく、そいつは少し情けなく感じるほどペシャンコになって戻ってきた。私は今もそいつを使っている。

東京はにわか雨だった。
翌日はいよいよ十周年公演。
途中、ファミマで購ったタオルはちょっと持て余すほど大きかったが(バスタオルだった)、まだまだ残暑の厳しい東京にはむしろちょうど良かった。
雨に濡れ、汗をかき、ひたすら歩く。
分け入っても分け入っても自分の慣れ親しんだ東京だ。神保町に眠る膨大な数の古書が時代を超えてそこにあるように、歌もまたそうやって残る。どの曲も、どんなとき、どんな思いで、誰のことを思って書いたか、思い出せる。雨の合間を縫いながら、時折、思いきり雨に降られながら、私は次の喫茶店のドアを開けた。

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