見出し画像

品品喫茶譚 第55回『京都 北大路堀川 翡翠 通路を一本入った席にて』

やしきたかじんの変なチラシが座席横の衝立に貼られている。
アーケードゲームの台をテーブルにした奥の席のところである。
実家のソファーと同じ柄のソファーでおなじみの喫茶店、私の中で別格である翡翠だが、奥の席に座るのは実は初めてに近い。
今まで店に行けば、ほぼ必ず窓と壁のちょうど境目くらいの席がいつもあいていて、そこがマイフェイバリット席、もはや自分のための席! くらいに思っていた。そんなうす寒いやばやばの傲慢さでもって、席が埋まっていた際には、あくまでも心の中で薄ぼんやりと憤慨してみせたり、場合によっては「また来ます」などと次回の来訪にかけるくらいであった。
翡翠は最近、休日は混んでいるのである。
もちろん大変喜ばしいことなのだが、店の繁盛に伴って、当たり前だがいつも自分のいい席にとはいかなくなった。
そんな訳で、通路一本奥の席に座る機会が増えてきた。もちろんこの店に通い出してから、全く初めてという訳ではないが、店に格段の愛着、つまり実家にあるのと同じ柄のソファーを自覚してからは大概窓際に座るのが私の常だった。
で、通路一本入ると、いままで知らなかったことが色々あった。
その一つが、件のたかじんの貼り紙である。私は関東出身ということもあり、たかじんの関西における立ち位置、人気というものに大変疎く、もしかしたら、そこにたかじんの貼り紙があることによって、その席を選ぶ人がいるかもしれないということに全く思いを馳せられない。
むしろ同行人に「そこ、たかじんのチラシ貼ってあるし、こっちにしよう」と言ったくらいである。そのチラシのたかじんは大変若く見えた。
サングラスをかけ、熱唱している。いつのチラシなのだろうか、当人が鬼籍に入り結構な年月が経っている。最近、関西に来たような面をした私ですら京都に十年。もはや東京暮らしと同等の長さをこの地で過ごしている。
月日は百代の過客。
件のたかじんのチラシはたとえば目立つように客のアイラインを攻めていたり、入口ドアーにばっちし貼られ、通行人や来客に常に見えるような形ではなく、上記したように窓側から一本奥に入った薄暗いゲーム機テーブルの、その席に誰かが座ったら見えなくなるような位置にひっそり貼られている。
まだまだ私には分からない翡翠の奥深さ。

先日はたかじんの斜向かいの席に座り、たらこスパゲティを注文したが、店は大変混んでおり、店員の男性曰く提供するまでに一時間強くらい時間を要するとインフォされ、泣く泣くブレンドを啜り帰った。
数日前にリベンジ戦の機会に恵まれ、店内はまあまあすいていたが、私は再度、たかじんがシャウトする斜向かいに陣取って、たらこスパゲティを注文した。
今回は注文するときに店員さんに気づいてもらうまでがえげつないくらい長かったが、無事たらこスパゲティを食することができた。
美味しかった。
うまかった。
ほのぼのした。
たかじんは眉間にシワを寄せ、熱唱している。
人はいなくなっても歌は残る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?