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品品喫茶譚第31回「OKAMOCHI」

OKAMOCHIは中学の同級生である。
彼はアイスホッケー部に所属していて、つまるところそこに所属しているということは、生徒数の少ない中学で一番はっちゃけているグループにいるということでもあった。つまりファッション誌を堂々と読み、ムラサキスポーツとかヒステリックグラマーなんかの袋をマイバッグとし、エアマックス、スーパースター、ポンプフューリーという訳だった。当然、整髪料を使うことにハードルなど存在しないので、彼らは前髪をキンキンに整髪料でおっ立て、いつも堂々としていた。それはかっこいいことだった。
OKAMOCHIもやっぱりそうだった。どちらかと言えば真面目で男気のあるタイプであり、自分から積極的にはっちゃけたりはしないものの、肩パンとかはものすごく強かった。そして当然その癖毛の髪をそそり立たせていた。堂々とした面々の中にあって、さらにそこはかとないラスボス感というか、どっしりとした男だったのである。
私はこの中学の生徒数僅少ゆえ全員何かしらの部活に強制入部という環境の中、何にも入るもののない、どちらかといえばパッとしない華のない男子がしょうがなく入部するところのサッカー部(もっとも私はサッカーがやりたくてしょうがなかったのである)に所属していた。
しかし私は中学は楽しかったのである。アイスホッケー部のそういう面々なんかとも、懐に隠し持っている八方美人さで仲良くやっており、中途半端なひょうきんさと、ちょっとだけ得意だったサッカーとでうまくやっていたものだ。

OKAMOCHIの優しさが仇になったエピソードがある。
そのとき、私は部活の大会(もちろん一回戦敗退)のため、学校にはいなかった。夏の大会のために何個かの部活がいないとき、学校にはホッケー部と数名の文化部しか残らなかった。残らないというのは2クラスしかなかったうちの学校ではそれらを合わせてもせいぜい十数名しか残らないということである。もちろん授業は進めることができず、彼らは校庭の除草作業、つまり草むしりをしていた。せっせと(かどうかは分からないが)草をむしっていたOKAMOCHIにひとりの女子が声をかけた。近くに置いてある鎌を取ってほしい、みたいなことだった。
当然、OKAMOCHIは鎌の刃のほうを自分で持ち、柄の方を彼女に差し出した。優しさというか当たり前のエチケットである。しかし彼女は何を思ったのか、それとも何も思わず、反射だったのかもしれないが、とにかく鎌を受け取るときにそのままそれをサっと引いたのである。そのときOKAMOCHIが軍手をしていたのかどうかは分からないが、とにかく彼の手はスパっと切れた。結構深く切れた。鮮血が雑草と共に飛び散る。
「きええーーっ」
なんて声は出さずに、OKAMOCHIはぐっと耐えたに違いないが、いま思い出しても私は他人事ながら指の腹がムズムズする。ムワっとするような草いきれと脂汗が浮かんでくる。
OKAMOCHIが○○に鎌で切られた。
そんなおとろしいニュース(半分はデマであるが)が校内で流れたのだったか。どうだったか。

私の中学に陸上部はなかったが、地域の陸上大会には体育教師から出場種目を強制的に選ばれた何名かの生徒が出場した。私はなぜか走り高跳びの選手に毎回選ばれていた(一度間違って県大会までいってしまい、得意のはさみ飛びで一回も飛べず大恥をかいたことがある。その日初めて私は背面飛びというものを見たのである)。しかし三年のときに体育教師が代わって以来、走り高跳びにはOKAMOCHIが選ばれ、私はなぜか200m走という今まで全くやったこともない競技に回された。私はスタミナもないし、走るのも遅くはないが、速くもなかった。案の定、大会では100m過ぎにはバテ尽くし、顎を上げながら顔だけは必死のパッチといった感じでぜいぜい走っていると、OKAMOCHIを含む友だち達が声援を送ってくれている。
「その後ろの変な奴にだけは抜かれるなよ!」
私の後ろにはやはり無理矢理この競技に駆り出されたであろう小太りの生徒がへえこら走っていたのである。
 
私は一度だけ時を止めたことがある。
確か図工の時間だった。ちょうどOKAMOCHIと近くの席だったのだろう。私たちはへらへら雑談をしていた。どういうタイミングだったか、何を確信したのかは分からないが、私は言った。
「お前の前髪、ベルリンの壁みたいじゃん」
そのとき、時が止まったのである。
教室の中から一切の音が消え、真空のような状態が一秒か二秒続いた。その後、堰を切ったかのように、今のは何だったのか、ほそやが信じられないくらいスベった、思わず言葉がなくなった、などとみな口々に話しだした。教室のそこかしこからクスクスといった人を嘲るときによくつかう笑い声もした。耳が真っ赤になった。私は恥ず過ぎるとすぐに耳が真っ赤になるのだ。えへらえへら弁明もした。何の意味もない弁明である。OKAMOCHIは笑っていた。私はいまだに自分の発言が知的すぎたのだと思うことにしているが、そんなことではないことは分かりきっている。
 
時は流れ、私はシンガーソングライターとして地元でのライブに臨んでいた。場所は古民家を改造したようなレストランである。会場の一番後ろにある楽屋の襖を少し開け、会場の様子をチラチラのぞく。野暮ったいことこのうえないが、続々と入ってくる同級生の顔を見るのが嬉しかった。
開演時間にステージに向かうと、目の前のソファーに腕を組んだOKAMOCHIの姿があり、一気に緊張した。MCをするものの、どうも目の前のOKAMOCHIに向かって話す感じになってしまい、どうしても内輪ネタを放ってしまう。当然、親も来ていたが、下ネタや恥ずかしい話もした。
OKAMOCHIはなんの感想も言わずに終了後すぐに会場を後にした。
 
OKAMOCHIはいま地元でカフェを営んでいるのである。私はまだ行ったことがない。

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