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品品喫茶譚 第63回『奈良 リッチ スギ』

締切の近い原稿が重なったので、久しぶりに自主カンヅメをすることにした。
しかし京都市内のホテルが押し並べて高い。検索地域を関西一帯に広げて調べる。調べているうちに一行でも書けばいいのだが、もちろんそんなことはできない。
どうやら奈良は旅行支援をまだやっているらしい。宿泊代が安くなる上に、2000円程度のクーポンがつく。すぐに予約する。奈良には電車でわずか一時間程度だ。

ちょっとその辺に行く感じで出かける。近鉄奈良駅とJR奈良駅を間違える。ホテルに着く。部屋に入ると、一般的なシングルルームだ。
私は目を疑った。椅子に背もたれがない。人によるかもしれないが、これは結構痛い。痛い、というのはもちろん原稿を書くのにベストでないという意味に加わえ、腰も痛くなりそう、なんなら背骨も痛くなるかもということである。とはいえ、贅沢は言えない。私は原稿を書かなくてはならない。
申し訳程度のデスクにノートパソコン、ノート、筆記用具、飲料、イヤフォン、参考資料などを配置する。少し満足して、ベッドに体を投げる。最近、私はすぐ眠くなってしまう。一時間だけ寝よう。
二時間後に起きる。背もたれのない椅子に座って、ワードを開き、よたよた書き始める。外はすっかり夜である。よたよたながら深夜まで書いた。目星がついた原稿もあり、少し安心した。

翌朝はリッチという喫茶店から始まった。喫茶店から朝が始まる時点でリッチだ。モーニングを決めて、店を出る。
橋を渡る。奈良蔦屋書店にようやく来れた。スタッフの方々が選書されているのがよく分かる棚だと思った。
右足に違和感。
通り沿いに昔のスナックの看板などを見つけながら歩いていく。
スギという店に入る。この日二杯目のアイス珈琲。貸切だった。
志賀直哉旧居という表示を見つけ、坂を登る。
右足に違和感。
登る。もうだいぶ来ただろうと思った辺りからがスタートだった。
足裏にまめ。ぶよぶよしている。
もうかなり来たよねと思った辺りからさらにもうかなり歩いて、ようやく到着。優雅な家だった。訪問者の名前のなかに尾崎一雄を見つけて嬉しくなる。そのまま頑張って奈良ホテルを見に行く。さらに道を下り、猿沢池にいたる。尾崎一雄もいつか見た風景だろうか。
池にはシーモンキーみたいな透明のエビがいた。カメラには映らなかった。亀もいた。折り重なっていた。
亀の甲羅に反射した光が観光客のサングラスを経由して、私の目に届いた。

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