レコード屋

大学二年になって、それまで住んでいた青葉台の学生寮を出て、三軒茶屋の街に引っ越した。学生寮には管理人が常駐していたし、色々な事が管理されていたので、三軒茶屋が本当の意味での一人暮らしのスタートとなった。
太子堂二丁目、路地奥にあるTアパートが僕の城となった。

大学に友達はいなく、バイトもしていなかったので、必然、一人行動が多くなる。
足が向くのは、古本屋やレコード屋、その頃はまだ一人で喫茶店や呑み屋に入る勇気は持っていなかった。
大学の授業が終わったら、下北沢に向けて、自転車を飛ばす。
ディスクガイドを片手にレコード屋を巡る。
何の知識もなかったけれど、レコードをパタパタとめくっていると、自分がいっぱしのマニアになったような気がして嬉しかったし、何より、レコード屋では、誰とも口をきかなくていいのが気楽だった。
時には裸の女の人が血まみれになっているジャケットのレコードを分かりもしないくせに買って、悦に浸ったりした。
東京のレコード屋で、レコードを買うことで、少しだけ自分が東京の一員になれたようなそんな気がしたのだった。
一度、レコードがきっかけで、音楽好きの青年と知り合い、下北沢のバーで会おうと言われたが、自分の知識が薄っぺらいのを知られたくなくて、何やかやと理由をつけ、結局、会わなかった。

いつも、つまらない自意識が何をするにも邪魔をした。

東京では誰とも喋らなくても暮らしていけてしまう。
何もしようとしなければ、本当に何も起こらないまま、暮らしていけてしまう。
このことは僕にとって希望であり、絶望だった。

大学を卒業し、人前で歌い始めてから僕にとっての東京が本当に始まった。
自分が動くことにより、東京は色んな景色をみせてくれるのだった。
けれども、あの頃、つまらない自意識と一緒に暮らした東京が、自意識ばかり肥大化させた時間が、時折、たまらなく懐かしくてしょうがなくなる時がある。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?