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品品喫茶譚 第50回『大阪 天王寺 スタンダードブックストア一階のカフェ 店の二階でトークイベントを観るのこと』

昨日は大阪・天王寺のスタンダードブックストアにpalm booksの加藤木さんと作家の津村記久子さんのイベントを観に行った。
なんやかやしているうちに大阪に着く頃にはもうとっぷり日が暮れており、ほぼ初めて降りた天王寺駅前も人の波が忙しない。スタンダードブックストアに行くのは初めてだったので、途中行ったことのない喫茶店に寄れたらと考えていた。が、何軒か見つけた店はすべて閉まっており、そのままスタンダードブックストア一階のカフェでカレーを食べることにした。

入口近くの席に座る。店員さんがお冷とメニューを持ってくる。メニューが決まる。私は立ち上がり、店員さんを呼びに行く。店員さん気づいてくれる。あの、カレーを下さ、あ、席にてお伺いいたします。あ、すいません、すごすご戻る。店員さん来て下さる。カ、カレーを下さい。かしこまりました。というわけでありついたカレーはとてもおいしかった。レーズンとアーモンドの薄いのがルーにちりばめられていた。

イベント開始の時間まで二階の書籍フロアをうろうろする。音楽コーナーに私の随筆集とカセットが置かれているのをにまにま確認し、壁にかかった「途中でやめる」のロンTを物色していると、声をかけられる。
十七時退勤社の橋本さんである。実に三日ぶり、伝説の京都、恵文社大吹雪の夜以来の再会である。その日も私は営業で来られていた橋本さんのところへにまにま歩いていき、久しぶりにお会いしたことによる人見知りを若干発揮しながら、それでもお会いできてうれしくてしょうがなかった。
外はえげつないくらいの吹雪だったが、橋本さんは「転ばないように靴を買って帰ります」と言うと、颯爽と街に消えていった。それ以来の再会なのだった。
三日ぶりにもかかわらず、初めての場所でなんだか緊張してしまい、私はここでも若干の人見知りを発揮した。と、ここまで来たらもはやただの人見知りなのかもしれない、と思うが、私は人見知りはだいぶ克服したはずであり、また人見知りのせいにしてコミュニケイションを避けるのはやめたはずなのだ。ああ、もっと嬉しいという気持ちを素直に全身で表現できたらば。

イベントが始まる。palm books(加藤木さんが始められた出版社)の第一弾、赤染晶子さんの『じゃむパンの日』に関するトークである。
津村さんは終始、赤染さんの文章のすごさ、面白さを目一杯余すところなく話し、加藤木さんも編集者として愛着を持ってお話しをされていた。
聞き手のスタンダードブックストア・中川さんもトークが軽妙で、とても楽しい時間だった。
イベント終了後、橋本さんと店の棚を眺めながら、しばしゆったりする。最後に挨拶させてもらおうとじっと待つ。加藤木さんとは以前、私と又吉さん、夏葉社・島田さんが下北沢B&Bでイベントした際にお会いしているが、津村さんとは初対面ということになる。私は緊張した。緊張して、もはや目の焦点が合っていなかった。
加藤木さんが気を遣って、この陰気な男がフォークシンガーであることを津村さんに伝えてくれる。橋本さんとイラストレーターのwacaさんと一緒に挨拶する。この陰気なフォークシンガーに気を遣って津村さんが「コートすごいですね」と私の着ていたコートのことを言って下さったが、私はもはや歯抜けのようになっており、まともに返答できなかった。申し訳なかった。
本当は私に津村さんの小説を教えてくださった夏葉社・島田さんからそのときにいただいた「この世にたやすい仕事はない」の単行本を速やかにリュックから取り出し、そのいきさつをなるべく簡潔に分かりやすく伝え、それ以降、単行本は欠かさず買って読んでおります。ファンです。ということを言いたかった。私は歯抜けである。
橋本さんとwacaさんと店を出て天王寺駅まで歩く。橋本さんとは関西出張の間に二度もお会いする機会があって、私は本当にうれしかった。喫茶店があきらめきれず、乗り換え駅でタリーズに入る。もうかなり夜更けていたが、なんとかラストオーダーに間に合ってスパゲティセットを頼む。アメリカンに和風パスタ。ぬくもって、腹も満たされ、安らいだ。
タリーズはいいなあ、と店を見回すと、そこはベローチェであった。
 
電車に揺られ、へらへら居眠りしている間に京都に着いた。
京都はこの日も雪だった。駅近くの居酒屋に入り、ビールを飲む。
最近、私はもっぱら瓶ビールが好きなのである。瓶から自分でグラスに注ぐのがよく分からないが楽しいのだ。カウンターの中では店の方々が忙しなく働いている。偶然だが彼らもまた「途中でやめる」の服を着ていた。
暗示である。やはりさっき大阪で服を買うべきだった。
酒場を出て、住宅街を歩く。思ったより雪が積もっていて楽しくなった。
馬鹿のごとく雪玉を作っては標識に投げた。一つも当たらない。
日付が変わり、真っ白な雪面に猫の足跡だけが点々とついている。かわいいと思った。
家に帰って布団に入ると、すぐ眠気が襲ってきた。
酒場で見かけた男性が19の片方に似ていたこともあったのだろう。
私は解散する直前の19の夢を見た。

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