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品品喫茶譚 第64回『東京 とある駅構内の自動販売機』

五月。
昼過ぎの新幹線に乗って東京へ。
今年二度目の古書ビビビ独演会は一度目と同様に雨模様になってしまった。ビビビ店主曰く私のライブのときは必ず晴れるというのがジンクスだったのに、今年はどうしたのか。
どうもしていない。
夕刻に東京に到着し、下北沢へ向かう。
少しくお腹がくちている。しかしこれから夕餉となると、なんだかライブに響きそうな気がした。満腹ではうまく歌えないかもしれない。ここは帰り道に何か腹に入れるとして、このままライブへ臨もう。そう思った。
のだが、駅のホームに着くやいなや、目の前の自販機にコーンポタージュを発見し、なんだか無性に飲みたくなった。コーンポタージュを自販機で購うのは大抵冬である。しかし、自分的には真逆の季節、梅雨間近、いわゆる初夏、ちょっと熱いそれを片手にすすりながら、街を歩きたくなった。乙だと思った。単純にお腹も想像以上にくちていた。
PASMOを自販機にかざし、ボタンに手を伸ばす。このPASMOは数年前、この駅の切符売り場でいたずらに作ったものだ。なぜか何度も落としたり、失くしたりするが、必ずどこかで見つかるという曰く付きのPASMOである。
ボタンに手を伸ばしたそのとき、ちょっとした拍子で身体のバランスが崩れた。押したのは隣のじゃがいもポタージュだった。やってしまった。さかい君がコーラを買おうとして自販機にお金をいれたときに、横からファンタのボタンを押したのは中学二年くらいのころのことだった。あのときの報いがいま来たのだ。さかい君は渋い顔をしてファンタをくれた。

私は、じゃがいもポタージュでも別にいいか、と思った。なかなか選択肢にはあがらないものの、じゃがいもは大好きだし、友人の結婚式など特別な行事の際に何度かホテルで食べたことのある、あのスープの冷製具合、コク、腹もち感を想像すると、ミスをミスとは呼べない。むしろグッジョブ。ははあ、これは潜在意識出ちゃったな。つまりいまの私は本当はコーンではなくイモ。イモの汁が飲みたかったのだ。そう思った。

しかし、しばらくして、飲料が取り出し口に出てきて、私は驚いた。
レモンスカッシュだった。
こんなサプライズは嫌だ。やはりさかい君の件の報いに違いない。
出てきてしまったものは仕方がない。フタをあけ、ぐびぐび飲んでみる。想像以上の炭酸だ。冷たい。お腹が痛くなるかもしれない。喉にもなんかあんまり良くなさそうだ。
私はレモンスカッシュをカバンの奥底にしまいこむと何もなかったことにして電車に飛び乗った。結局、レモンスカッシュはこの日の深夜まで持て余した。

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