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品品喫茶譚 第57回『広島 G線 凡夜READING CLUB 広島に登場するのこと』

昼過ぎに広島駅に着いた。弐拾dB・藤井氏との待ち合わせまではまだ少し時間がある。
そういえば市街地まで歩いたことがないなと思った。GPSをONにして歩き出す。スマホを凝視する。ほとんど下を向いている。締まらないこと。悠々と歩きなさいよ、でもそれじゃどこに行っちゃうか分からないじゃん、それにしてもスマートじゃないね、いやいやしょうがねえのよ。荷物は重く、信号は長い。水面はキラキラ光っている。すでに広島には春の気配がむんむんだ。私は汗だくである。
ただでさえ新幹線内で必要以上にスマホをいじくり、パンクミュージック&ダンスミュージックをブルートゥースで両耳にガンガン飛ばし、おまけに使っているのはiphone7plusなどというもはや半世紀以上遅れた代物である。この時点で充電は死に体となっており、この上、GPSなど使った日にはすぐに電池切れとなるだろう。ただでさえ、この間、画面のスイッチが壊れたところだ。
私のiphoneには最新のものより数代前のシリーズからもうなくなったはずの画面スイッチがいまだについている。そのスイッチにしても、ついこの間壊れて押せなくなったから、設定を用いて逆に画面にデータ上のスイッチを表示するという便利っぽいらしい機能を使い、そこだけは新しい機種のものに追いついたなあ、などと勘違いし、その慣れない使いづらさに辟易しながら、それでも買い替えまでには至らずにのこのこ使っている。しかしいまはスマホが転ばぬ先の杖である。現に私はいま広電の乗り場を出てすぐに方向を間違え、戻ってきたところだ。おどおどと歩く。
信号を渡り、橋を渡る。川を越えるとビルがある。もう一度橋を渡ると、デパートやビルの建ち並ぶ通りに出た。何度か来たことのあるアーケードを歩いて「シャモニーモンブラン」という店を目指す。
店の前まで来て、緑色の立て看板の写真を撮っていると、おじさんに話しかけられた。

「電気系統、急に壊れちゃって、今日お休みー。ごめんねー」

どうやら店の人らしい。

「明日はやってますかね」

「多分やってるよー」

といった感じで明日来ることにし、私は思考を「G線」という喫茶店に切り替えた。アーケードを歩き、アーケードを歩き、一度地下街に潜ったりしながら、アーケードを歩き、一本違う路地に入ると、そこにG線があった。
充電は持った。まだまだ現役である。
のらくらしたために藤井が到着する予定の時間まであと三十分ほどしかないなあと思っていると、藤井から「あと四十五分後に着きます」という連絡が来る。ありがたいと思った。今年最初のアイスコーヒーを頼む。席は入口入ってすぐのところ。ドアは開け放たれており、風が吹き込んでくる。決して寒いわけではなく、むしろ汗だくの私にとってはありがたかった。が、アイスコーヒーを飲んでいるうちにだんだん寒くなってきた。上着を羽織り、読書に集中する。店内のBGMはglobe、GLAY、なぜかF1が走っているときによくかかっているやつに変わり、そんなこんなで読書に没入していると、藤井が到着した。
二人でしばし茶をしばきながら、今日の夜にミナガルテンという場所で開催される我々のユニット「凡夜READING CLUB」のイベントの打ち合わせをする。BGMは有線なのだろう。ちょっと懐かしいJPOPが次々と流れてくる。
ジッタリン・ジンに藤井が反応して嬉しかった。今年、私が一番聴いているバンドだ。「プレゼント」や「SINKY- YORK」で泣き、「夏祭り」でやっぱりこちらだよなと思う。決して新しいバンドでもないのに、二人の何かが合わさった瞬間だと思った。なんだい、以心伝心じゃんと思っていると、次くらいにかかった曲にまた藤井が反応した。

「これ〇〇の曲じゃないですか?」

それは彼が昔好きだったバンドの名前である。

「ああ、どうだろう。サビはめっちゃ聴いたことあるよねえ」

私は曲がかかってすぐに歌っているのがチャコール・フィルターであるのが分かった。しかしなんだかそれをすぐにチャコール・フィルターだとわかってしまったことが異常に気恥ずかしく、黙っていた。もちろん彼らは藤井が好きだったバンドではない。

藤井の車で会場を目指す。途中、喫茶店付近のコインパーキングの金額の理不尽な高さに憤ったり、シティフォークをしていきたいなどという根も葉もない与太話を転がしたりしながら、二十分もかからずに会場に到着した。

凡夜READING CLUBとは何ぞやということを広島の皆さんに知ってもらうのが今回のイベントの肝である。肝であるが、そも凡夜とは何ぞということが二人ともぼんやりとしている。それでこその凡夜なのであるが、これではお客さんはもっと分からない。
藤井の提案でスケッチブックを一冊購ってきて、そこに二人のルーツというか、凡夜のルーツみたいな事物を羅列的に書いていく。たとえば、孤独のグルメ、タモリ倶楽部、まんが道、みうらじゅん、銀杏BOYZみたいなことだ。今回は満員御礼ということもあり、事前予約の際にお客さんから質問もいただいている。これならなんとかなるだろうと思った。開演まで三時間ほどあったが、藤井とだべったり、飯を食ったり、タバコを吸いに外に出た藤井とやっぱりだべったりしているうちに開演となった。
イベントは楽しくできた。
企画者の方には本当に良くしてもらった。大好きな作家さん夫妻が観に来て下さった。ありがたいことだと思った。我々はひたすらだべっていただけである。しかしそれこそが凡夜である。ラジオ番組を目指している二人だが、まさにラジオぽかったですと何人ものお客さんに言っていただいた。また一歩ラジオ番組に近づいたわけである。

帰り道、藤井の車の助手席から夜の広島を眺める。オレンジ色がぼんやりと流れていく。
ホテルに着くやいなや、藤井が会場に鞄を忘れたことに気づいた。彼が鞄をとってくるまでの時間、私は先に部屋に入っていることにし、フロントでチェックインの手続きをしてもらうことにした。
隣では背広を着たおっさんが女性のスタッフに「ごめええん。部屋番号わすれちゃったああん」などと甘えた声を出している。
気持ち悪かった。情けない。みじめだとさえ思った。
そんな彼とエレベーターで一緒になってしまう。

「何階んん?」

「三階です」

「いっちょ!(一緒)」

新京本店という飲み屋で藤井と打ち上げをした。いい店だった。いろいろなことをしゃべった。こちらが本物の凡夜なのではないかとさえ思った。こんな感じで凡夜READING CLUBもどんどん良くなっていく。
帰り道に見つけた何とかっていう飲み屋に入ってもう一杯だけ飲む。
藤井が日本酒を注文すると、ママが「日本酒頼むなんてイイネ」みたいなことを言った。酒焼けした渋い声だった。何が良かったのかは分からない。
広島の夜を藤井と一緒に歩く。
二人ともずんべらぼうに酔って、しゃっくりを繰り返し、ひくつきながら、えへらえへらしゃべっている。楽しかった。ただただ楽しい夜だった。
こんな夜を迎えたくて、ずっと歌っている。


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