品品喫茶譚 第53回『喫茶店に行けなかった日の日記』
朝起きて、焼きそばを食べる。ハムとキャベツ、調子が良ければタマネギと人参も入れたい。麺はマルちゃんのやつ。
昼前、書店に行って漫画を一冊購う。ある原稿に使う予定の資料。帰りに食器用洗剤を購って帰宅する。洗剤がないためにシンクに少し残していた食器類を洗う。
BGMはベン・クウェラー。ベンの音楽は大学のころから聴いており、しばらく音沙汰がなくて心配していたところ(こちらの情報収集不足もあるかもしれない)、ここ数年、配信などでリリースを続けており安心する。
初めてベンと呼んでみる。
昼、スパゲッチイを食べ、赤染晶子さんの『乙女の密告』をソファに寝転びながら読了する。京都弁を魅力的に使った軽妙な文体とそこここにくすぐりがあって、スルスル読み進める。アンネの日記と外国語大学の乙女たちをテーマに描いた自己確認の物語というのか、なんというかうまく言えないが、とても面白かった。
そのままソファで仮眠。一時間程度の予定が三時間いってしまう。
仮眠というものは経験上、常にプラス二、三時間は勘定に入れておかないといけないのだが、いざ仮眠するぞう、起きたら近くの喫茶店に珈琲を飲みに行って、もう一冊本を読んで、そうそうそれでこの原稿を書くのだあ、と息巻いてアラームなど健気に一時間後にセットし、部屋を暗くしたらやっぱり二、三時間多めにいっちゃうだろうから、明るいままで寝ようなどと電気を煌々と灯したまま、うっすら音楽もかけはなして眠る。で、結局というか、当然というか、やはり、三時間ほどいってしまって、喫茶店は諦めることとなった。
なんとか挽回するためにお湯を沸かしてドリップ珈琲を淹れる。
まずはハイスタの『CAN'T HELP FALLING IN LOVE』をかける。非常にベタで恥ずかしいのだが、M-1グランプリの出場者紹介のときに流れるこの曲は、やはり何かこう闘争心というか、やる気を奮い立たせる高揚感があるので、最近は何かを始めるときや非常に眠いが移動しなくてはならないときなどにかける。私は分かりやすすぎるくらい覚醒する。ベタだ。ベタを愛せ。
次はその昔、私の人生の価値観のほとんどすべてだったフォークデュオの「あのころを思い出して懐かしくなるプレイリスト」。これをいま聴くのは歌詞が良いとか曲が好きとか、もちろんそういう要素もあることはあるが、何よりタイトルにもあるように、あのころのことを思い出したいからに尽きる。これを聴くと私はいつでもあのころの断片を思い出せる。
とっぷり日の暮れた横浜スタジアム、生ぬるい風が吹くなか歌われた「ジャニス」。代々木第一体育館のコンサート、開演前に体育館の周りで演奏する有象無象のコピーデュオの歌を会場の列に並びながら聴いた後、ステージが始まり本人たちが歌い始めたときの圧倒的な本物感。私がギターを覚えて初めて弾きながら歌うことのできた曲は「サヨナラバス」である。いま彼らに望むことや期待することは何もないが、とにかくあのころフォークに出会わせてくれてありがとうという気持ちだけがあり、たまに懐かしくなって彼らの音楽を聴く。
おのれで淹れた珈琲をちびちび飲みながら音楽を聴いて本を読む。
米を炊く。懐かしくなってギターを弾く。ハスキーなボーカルの方の歌がオリジナルキーで歌えたらなあ、などと悩んだときもあった。十四歳のころだ。健気な願いである。いまは自分のほんのちょっとかすれる声も、あんまり広いとは言えない音域も嫌いではない。ちまちまギターを弾いていると曲のようなものができる。それがいつか実を結ぶこともあるだろう。
本当はダラダラと述べ立てたこんな些末でまとまりのない思考を、行く予定だった喫茶店のどこか隅っこの席でするはずだった。
行っても行かなくても結局同じようなことを考えるだけなのに、来週はどこの喫茶店に行こうかとやっぱりずっと考えている。
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