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品品喫茶譚第36回「某所 通りを臨むイートインスペッス」

アイスコーヒーにするか、ホットコーヒーにするかの選択が非常に悩ましい時期になってきた。たとえばこの原稿を書いている十月前半のことでいうと、昨日の昼はホットコーヒーにしたけれども、今日の昼はアイスコーヒーにしたわけである。
理由は明確で、昨日は寒く曇天で、今日は暑い日だったということになる。今日に限って言えば、半袖で出歩いてもいいくらいの陽気だ。現に街には半袖はもちろんのこと、半袖半ズボンの方までいた。確かに色々難しい時期ではあるが、冬の備えまでは言い過ぎにしても、いいかげんクローゼットが秋の装いにすっかり変わっていてもいいころである。今日の陽気を前に半袖半ズボンの方々は嬉々として、タンスから夏の名残を引っ張り出したのか、それともまだまだ彼らのクローゼットの中は夏のままなのだろうか、そんなのは各々それぞれであるということに尽きるけれども、今日に関して彼らは大きく逸脱してはいなかったとも思える。
とはいえ「季節に合わすのか、気候に合わすのか」と問われば、私は季節に合わせたいタイプなので、本当に申し訳ないが、半袖半ズボンの方々を少し、うろんな目で見てしまった。見てしまったとはいえ、無理に中のシャツを一枚減らしてまで、先日購ったばかりのナイロンジップアップパーカー(もちろんジップは上まで閉める。ジップやボタンを全部閉めないコージネートは私の辞書にはない)を着て汗だくになっている私は、実はこの町一番の道化なのかもしれない。と、こんなふうにノートPCに文章を打ち込んでいる最中にも続々と半袖の人たちが通り過ぎていく。流石にずっと統計を取っているわけにはいかないものの、今のところ、六対四くらいで半袖が優勢のように思える。

私は最近、いつも原稿を書きに行く近くのカッフェの他に、街中にもう一軒、いいカッフェを見つけたのである。もっともここはカッフェというよりはイートインと呼ばれる形式で、入口を入ると、右にイートイン、左にカッフェ&レストランみたいな造りになっている。イートインといっても非常に小奇麗なカッフェ然としている場所である。
私のお気に入りの場所はT字のスペースを右奥に入ったところ、つまり先ほどから私がノートPCをポチポチしながら、通りを眺めているどんづまりの席ということになる。通りを臨む側の椅子に座れば、視界には通りの風景しか映らなくなり、さらにヘッドフォンをして自分の世界にすることで、後ろに誰がいようが全く気にならなくなる。窓にはしっかりすだれがかかっているので、こちらを覗く人がいようともほとんど気になることはない。欲をいえばコンセントがついていれば最&高ではあるが、アイスコーヒーちゅうちゅう、長尻の態の私がそこまで望むのも少しお門違いなのかもしれない。とにかく角の隅っこにはまるのが好きな私にとってはなかなか得難いありがたい席なのである。
私から見て左の壁にはこの店のスタッフの方なのか、二人の職人がパンを製造している姿を写したモノクロ写真が飾られている。こねたパンをオーブンに詰める瞬間をとらえた写真である。その反対側の壁にはやはりモノクロ写真が一枚。同じ方だろうか、こちらは焼きあがった食パンを型から取り出す姿だ。もしかすると店内の壁を一巡すればパンが作られる過程が一通り見られるようになっているのかもしれない。

アイスコーヒーの氷がすっかり溶け、最初にレジで戴いたお手拭きがカラッカラになるころ、店を出る。
で、アイスコーヒーか、ホットコーヒーかという最初の話に戻ると、結局は好みの問題ということになる。
秋に半袖半ズボンでも構わないし、明らかに半袖でいいくらいの陽気なのに無理してパーカーを着込んだって別にいい。
私たちが自由に服装を選べることと同様、私たちには好きな温度で珈琲を飲む権利がある。
すっかり暗くなった。なんやかやと日は年末に向けて確実に短くなっている。通りでは革ジャンとポロシャツがいましがたすれ違ったところだ。

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