たつみのこと

大学では友達が一人もできなかった。

講義を受けに行くだけの大学。

本当はサークルに入って女の子としゃべりたかった。
友達とわいわい飲んで、ハメを外したり。
同じゼミで彼女を見つけて絵に描いたようなキャンパスライフをしてみたかった。

他の大学生が当たり前にするように、どうしてもできないから彼らを敵視するしかなかった。
自分は違うんだと思いこんでヘッドフォンして雪駄を履いて冷めたふりをして構内を歩いた。
誰かが楽しそうにしているのを見るだけで心の中で唾を吐いた。
真心ブラザーズや銀杏BOYZは自分にだけ歌ってくれているんだと本気で思っていた。
雪駄の鼻緒がいきなり切れて、裸足で歩いて帰ったことがあった。
もちろん誰もつっこまない。つっこんでくれない。
ツッコミもおらず、独りでずっとボケ倒しているような上滑りの頓馬な大学生活だった。

そんな僕が頼りにしたのは同じように東京で一人暮らしをしている高校の同級生二人。

彼らもまた友達があまりいなかった。

僕は大学でできないことをすべて彼ら二人で補おうとし、寂しいときはいつも彼らに連絡した。
行きたい場所にはすべて彼らと行った。
内向きな生活だったが、それなしでは東京で独りぼっち、どうにかなってしまいそうだった。

彼らとの思い出、彼らとの東京を思う時、真っ先に思い出すのは、下高井戸にある「たつみ」という居酒屋だ。
たつみは商店街を少し歩いたところと駅前と確か二店舗あったが、僕らがよく行ったのは商店街のほうだった。
あまり派手ではない和風の落ち着いた店内、大学生が沢山来そうな居酒屋チェーンとは少しだけ違う感じが好きだった。

彼らとたつみでよく飲んだ。
そんな時、僕は孤独や空しさから一時解放され、東京とも仲良くなれている気がした。
一杯のチューハイで顔を真っ赤にして、音楽のこと、女の子のこと、妄想、高校の頃のこと、色々なことを話した。
普段、抑えている気持ちが溢れでてくる。
とにかく楽しかった。
それはなんだかとても青春ぽかった。

一つだけ彼らに黙っていたことがある。
それは歌を作っているということだった。
結局、大学を卒業しバンドを始めるまで、このことは話せなかった。
でも、もしかしたら吉田拓郎や銀杏BOYZの話を妙に熱く話す僕を見て、彼らは薄々分かっていたかもしれない。
少なくとも僕が何かをしてみたいと考えていることは分かっていたと思う。

僕は授業中に歌詞を書いていた。
授業が終わると一目散に家に帰り、ギターを弾いて歌にした。
自分を肯定し、周りを否定する歌。
歌の中で僕には憧れの彼女がいて、彼女にはいつも彼氏がいた。
きらきらするものへの憧れ、自分へのコンプレックス。
歌ははけ口であり、僕のフラストレーション。
僕の鬱憤の掃き溜め。
人に聞かせられるようなものではない汚い恥ずかしい歌ばかりだった。
満たされない気持ちが歌になり、歌になることでまた満たされない気持ちが募るのだった。

僕らは決して飲み明かしたりはしなかった。
終電前には店を出て、商店街を駅までふらふらとおぼつかない足で歩いた。
本当はそのまじめさをめちゃめちゃに踏みにじって自分を東京に放り投げられたら、もっと楽しかったのかもしれないが、どうしてもできなかった。
それをできないところが僕らの良さかもしれなかった。
京王線に乗る彼らと別れ、世田谷線に乗ってアパートのある三軒茶屋に帰る。
寂しい。
ほろ酔いの頭に風が優しかった。
また明日から一人。

東京では大抵のことを一人で完結できた。
一人で映画を観に行き、一人でレコードを買いに行き、一人でライブを観に行った。
でも一人で完結できないことの中に僕の夢があった。
憧れの東京があった。
彼らといくら飲んで、いくら思いの丈を吐き出しても、その差は絶対に埋まらないことは分かっていたが、彼らがいなかったら僕はもっと色んなことを諦めていたような気がする。

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