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妖刀猫丸 序章(フィクション)

 世の中には不思議な刀というものが存在する。
 時は西暦1332年。鎌倉幕府の末期。後醍醐天皇が幕府との争いに敗れ、隠岐に流された幕末の騒乱期であった。
 とある田舎町の少しは名の知れた寺に、その刀はあった。夜な夜なまるで猫のような鳴き声を発し、昼間でも妖しく光り、通りすがる猫は目の色を変えて威嚇することがあったり、またある時は体を擦り付けて恍惚の表情で戯れていたりする。そんな噂話が囁かれる謎の刀であった。
 漆黒の鞘と柄巻の隙間に現れる白の鮫皮が際立つ、少し短めのずんぐりとした刀であった。作者は分からず、いつの日であったか、寺の猫が咥えて遊んでいたという曰付きの刀だ。
 けれどこの刀、一度抜こうものなら、その日の気分次第で様々な鳴き方をする妖刀であり、その気まぐれさには誰もが調子が狂ってしまうという事から、誰も所持しようとうとする者も居らず、ここ何十年か寺に置きっぱなしにされているという代物であった。
 持ち主もなく力を持て余していたこの妖刀にも、炎天下の土用の日にいよいよ主となる者が現れる日が来るのであった。

 歳の頃10代の後半の少女であろうか。小柄ではあったが大人のような肝の座った声で寺を訪ねる者があった。
 「和尚。こちらにある刀を譲って戴きたく参った。対価は持参している。」
と砂金の入った巾着を携え寺にやって来た。
 和尚はどこでこの刀の話を聞いたのか不思議に思ったのであるが、刀の価値など実際に興味は無く、ただ気味の悪い刀を誰かに譲れる機会がようやく訪れたのかと喜び、砂金の入った巾着を見つめ、そしてもちろん2つ返事でこの刀を少女に譲ることとなるのであった。

 少女はその場ですぐに刀を手に取り、刀身を抜いた。刀の気紛れか、いつものような鳴き声は立てず、ただ静かにその妖しく光る刀身を現したのであった。
 「美しい…」
 少女は溜息と共に言葉を漏らした。水の様に波打つ刃文と、付け根には猫の足跡の様な模様が浮かび上がる、それはそれは美しい刀であった。
 刀を再びその漆黒の柄に納める時に、これもまた気紛れなのか、一度だけその刀は小さく
『ニャン。』と鳴いた。
 少女は鋭い視線のまま、少し口元には笑みを浮かべ寺を一人出て行った。
 その後時代は、京の都に幕府が置かれ、後に応仁の乱と呼ばれる戦が起こる、騒乱と激動の世の中へ移行していった。刀と少女も時代の波に翻弄されながら、共に駆け抜けることになるのである。

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